2007年9月6日 08時00分
こだまん
国内最大規模のEC市場となる「楽天市場」を運営する楽天。その後、ポータル(玄関)、金融、球団運営にまで事業範囲を拡大し、日本を代表するネット企業に成長した。
球団買収やTBSとの経営統合問題などで、創業者の三木谷浩史会長兼社長は時の人となったが、同社の成長を陰で支え続けてきた、忘れてはならない重要な人物が存在する。2007年に同社を退職し、新たに投資業務などを行うピー・アンド・エーを立ち上げた吉田敬氏だ。
体育会系の雰囲気と理系のプラグラマーとしての両面を持ち合わせ、今でも楽天時代の後輩・部下からアニキ分として慕われている。
その魅力の源泉はどこにあるのか──。
第2回目となる本企画では、部下に自信を持たせつつ絶大な信頼も得ることで吉田氏が実現してきた「強い組織構築術」の真髄に迫ります。
※こだまんが下のビデオで本企画の趣旨を説明いたします。
吉田敬(よしだ・たかし)氏:1992年リクルート入社。1999年11月に楽天入社。営業本部長、開発本部長、楽天野球団社長、ポータル・メディア事業カンパニー社長など、楽天の成長の節目となる数々の事業を手がけ、2007年3月同社退社。現在、ピー・アンド・エー代表取締役社長。
子供の頃は体が弱かったんです。4歳で腎炎を患って、小学校1、2年はほとんど学校に行けなかったし、中学2年までは部活動を禁止されていました。プールなんてもちろんダメ。でもスポーツ観戦ならできるから、当時は中日ドラゴンズに夢中でした。
ですから、当時の僕は勉強ができるというようなことよりも、足が速いというような運動能力の高さに人としての価値があると考えていましたね。
部活をやっていなかった頃も、授業で陸上の長距離が速かったんです。それで部活動の禁止がとけた瞬間に入部したのは陸上競技部。でも気づいたら100メートルとか400メートルなどの短距離をやっていました(笑)
途中から始めた割には好成績を残せた中学時代と比べて、高校に入ると、周りがどんどん速くなる中で、どう成果を残すべきかについて悩みました。
そのような中、「十種競技」という10種類の競技を2日で行い、合計点を競う種目があり、大学生になるとそれにチャレンジできることを知りました。「これは練習時間の豊富にとれる暇人が有利だ」と勝手に思い、文系の大学を目指し、大学時代は寝ても覚めても陸上競技に日々7、8時間費やしていました。
僕、こう見えても関東インカレで入賞してるんですよ。
そうですね。十種競技には、短距離、跳躍競技、投てき競技はもちろん、最後には1500メートル走まで入っています。どの競技もはじめは出来ないけど、3カ月もすれば出来るようになりました。
そうすると「こんな自分でもやれば出来る」。そもそも「出来ないことってないんじゃないか」と思うようになってきたんです。それはビジネスの世界に入っても同じでした。営業でも開発でも、「やれば出来る」という思いは強かったですね。
陸上部で主務を任されるようになったころの話です。主務の仕事は現役とOBの間をつなぐ役割なのですが、東大の陸上部がよそと違ったのはその規模で、実は年間の会費・寄付金収入などが600万円を越えるちょっとした小企業の規模だったんです。
僕が担当したのは、ちょうど元号が昭和から平成に変わるころだったんですが、仕組みがうまくまわっていないなぁ、もっと年間収入を増やして現役部員への遠征や合宿の補助に充てることができるんじゃないのかなぁと考えていました。
そこで、1000人を越える諸先輩方からいかに気持ちよく会費や寄付金をいただくかということを考えて、片っぱしから改善活動をしていきました。
たとえば、「部便り」という会報誌をOBへ送付するための宛名書き、これはずっと、一年生20人が手分けして1000人分を手書きしていたんですが、素人がやるものですから字が汚い、宛先が間違っているという問題が出ますよね。
ちょうどその時に耳にしたのが、PC-98やデータベースソフトの存在でした。一部上場企業の副社長の先輩にお願いして、PCやソフト一式を寄付してもらいました。当時のお金で40万円近かったと思います。それをフル活用して住所や宛先シールや会費の管理をしてみたんです。
また、コストを下げるために、印刷物の版下作製をワープロ内製したり「デジタルってすごい!」と感じました。更なる構想としては会報のFAXやメールによる送信による通信費の削減もあったのですが、当時はインターネットのない時代なので、さすがに時期尚早でしたね。
そんなこんなで、年間の収入は5割増しの1000万円に到達。もちろん営利企業ではありませんが、これを会社経営に当てはめると、いかに収入をあげ、いかにコストをセーブするか、という事になるわけで、「ビジネスは面白い。いつかは自分でやってみたい」と思うようになりました。
リクルートを選んだ理由は「デジタル技術を使い、個人が情報発信を通じて、事業を運営できる世の中を作れそう」だし「優秀な社員は皆、独立を前提として入社している」という当時としては極めてまれな会社だったからです。
また、特に地べたな「営業」のスキルを体得したかったというのもあります。金融・マーケティング・システムを勉強した後、40代になって初めて営業をやろうとしてもプライドが邪魔するだけでしょう?だから最初に一番キツい営業をやっておいた方が後々役立つだろうということで営業だったわけです。実際、営業はすごいキツかった。でもリクルート在籍中、目標を外したことは一度たりともないですよ。
最初は飛び込み営業でしたよ。ビルに入っている企業を上から下まで営業して回る「ビル倒し」もやりました。
僕の所属していたファックスネットワーク事業部(現ネクスウェイ)は、広告をファックスでクライアントに配信するという仕事で、情報通信とコンテンツの両方を考えなければなりませんでした。ここで「ITを考えつつ、コンテンツを考える」という癖がつきましたね。
インターネットはその仕事の延長線にありましたから、この事業部出身で独立してベンチャー企業を立ち上げた人は多いんですよ。
1998年の話ですが、ひとつは、大会社よりもっとスピード感のあるところに行きたいという気持ち。もう一つが、リクルートで果たせなかった「ヤフーに勝てる可能性のある日本発のサービスを作ることができるところに行きたい」という思いでした。
楽天にはリクルートにいた頃から、提携の話などでお邪魔していましたし、転職先の候補ではありました。でも三木谷さんと知り合いだから入ったってだけなのも癪(しゃく)だったので、転職活動中は、求人をしていない会社も含めて7社のIT系企業の社長に会いに行きましたね。その上で納得して、楽天に決めました。
自分自身の強みはプログラミングもビジネスもわかるという知識の上で、サービスをプロデュースする事だと思っていました。でも、中に入ってみるとサービスのプロデュース以外にも、サービスの運営(営業やCS)や会社の運営(人事や管理)もベンチャー企業は穴だらけ。
僕らリクルートの文化は「言いだしっぺがやる!」ですし、三木谷さんもそれは期待していそうだなと感じたので、結局は開発部の一エンジニアをやりながらマーケティングもやる、営業もやる、CSも見るという事になっていきましたけど。
組織論を参考書で勉強したという事はないですね。
企業は3人から10人、10人から30人へ拡大するにあたり、大きな壁にぶち当たるとよく言われますが、ある程度の規模までは社長の力量によるところが大きいでしょう。
しかし、さすがに100人体制になると組織として対応することを考えなくてはなりませんでした。そこで参考にしたのが、かつて自分が所属していたリクルートのファックスネットワーク事業部の組織編成です。だから楽天市場を担当していた頃の組織は、ファックスネットワーク事業部の1992年から1995年の編成とほとんど一緒です。
ある時点から既存サポートと新規営業に分けたのも同じ。そののち業種別に分けてお客様サポートと問い合わせ履歴を残すようにしたのも同じです。「ファックス」が「ウェブ」というメディアに変わっただけで、お客様への対応も売り方も変わらないんですよ。組織も同じだと思いました。
それについては凄く悩みましたよ。コミュニケーションには多くの時間を割きましたし。「社長からのダイレクションをそのまま伝える」のと、「ダイレクションを実行することで社員がどのようにハッピーなるのかを伝える」のとでは、結論は同じでも伝わり方が180度違いますよね。
もちろん、100人が100人同調してくれるとは思いませんが、そのうちの10人が同調してくれれば、それだけでも強い組織のベースが築ける。社員を兵隊と呼ぶ文化もありますが、「上司」と「部下」という関係以前に1人の人間ですから、まずはその人に興味を持たない事には何事もうまく行かないというのが僕の信念です。
とにかく、後輩や部下たちと飲みに行きました。当然、お金もそれなりに使いましたが、楽天は福利厚生費がなかったから、かなり自腹を切りました。リクルートの退職金が結構あったのですが、みるみる減っていきました(涙)。自分が経営に加わりエッセンスを注入することで、当時は1000億円強に低迷していた時価総額を必ず大きく向上させられると信じての先行投資です。
「何でも屋だった」と語る吉田氏の楽天時代の名刺たち
社員に「達成の意識」を持たせることにも注力をしました。目標を達成できた人は達成することへの満足で自信がつきますよね。そうすると多少お客様に何か言われてもブレなくなります。自分に自信を持つことが強い営業部隊を作る基本ではないでしょうか。達成するというのは、自己実現ですから。
リクルートで受けたこの教育を楽天にも浸透させて行くこと、そして従業員出身の役員として従業員の満足度を高めることも重要だと思っていました。
もう一つリクルートから持ち込んだものがあります。あそこは、社員にスポットをあてて何でも「お祭り騒ぎ」にするのが上手なんですよ。これは、楽天でも導入して社内報「楽がき」の発行もこの考え方から生まれました。
辛い時期は山ほどありましたね。楽天市場、次に開発本部、そしてプロ野球への参入。どこも当初は大きな課題を抱えていましたが、そこを軌道に乗せてほしいと指名されることに対しては、落ち込むというよりは、むしろ男気を見せたいと思うタイプですね、僕は。まぁ、三木谷さんもそこらへんうまく僕を活用できたんじゃないでしょうか。さすがに僕みたいなタイプはベンチャーでも珍しいと思うので。
それに、次から次へ違う競技を行う「10種競技」では、前の失敗を引きずっていては試合になりません。その影響もあるでしょうね。「最初はうまく行かなくてもやればできる」というのが感覚的にありますから。
ですから、ひたすら仕事をし続けることでさまざまな困難を乗り越えていったというのが実際のところですよね。ただ、楽天は僕の会社じゃなくて三木谷さんの会社だということを辞める頃には改めて認識しましたから、今となっては、もう1回それをやれと言われたらちょっとキツイですけど(笑)
リクルートを辞めた理由もそうでしたが、仕組みの整った大企業よりは、未整備のベンチャー企業に入り、仕組みを整えて大企業に変化させてあげる仕事の方がより興味がわきます。
また、徐々に楽天のOBがリクルート同様にベンチャー企業を立ち上げるようになってきました。今後は、そういった人に対して経営的な視点から、また資金面から応援していきたいと思っています。ニートルズはそのために結成しました(笑)。
ただ、僕はプロデューサーでありエンジニアですから、投資やコンサルティング等の間接的な事業への取り組みよりも、自らが直接サービスを作り、運営する方がエキサイティングだと思います。昔切手好きが興じて作ったキッテコムというサイトの改善もしたいし、ITを通じた障害者福祉等により世の中への恩返しもしたいと思います。
祖父母からパンダのぬいぐるみをもらって以来のパンダ好き。ちなみに、現在の社名はピーアンドエー(P and A)
加えて、世界の絶滅危機動物の保護にも取り組んでいきたいと考えています。これは病弱だった幼少期に一人で入院していた時に、祖父母からもらったパンダのぬいぐるみで寂しさを紛らわせていた事から僕が持っている、大好きなパンダを守りたいという強い思いに発するものです。パンダに関わるサービスを提供し、利益の一部を寄付する事を考えています。
歴史は大好きで、特に影のある武将になぜか惹かれます。例えば、真田幸村、楠木正成、明智光秀、そして源義経。ナンバ―2として力を発揮したけど、最後は非業の死を遂げてしまうような人達です。
余談ですが、最近NHKの水曜大河ドラマのDVD「真田太平記」を思わず買ってしまいました。これ最高です!
NHKの水曜大河ドラマのDVD「真田太平記」
「諸葛孔明の組織改革―「三国志」に学ぶリストラ 」とかは面白かったですね。楽天で人事を考えるときに何度も読み返しました。また、クラウゼビッツの「戦争論」関係の本は、2001年に楽天市場事業を立て直した時に色々あたって刺激をうけましたね。
ただ、歴史も好きなんですが、最近は地理・地政学にも関心があります。今からでも勉強したいと考えています。
もし、真田太平記がお好きでしたら貸しましょうか?
やはり(笑)。じゃあ、あげませんが貸しますよ。ちょっと重いですけどね。
1997年日本アイ・ビー・エム入社。ベンチャー企業との協業、インターネットプロバイダー市場のマーケティングを経て、2000年よりナスダック・ジャパンに出向し、関東のIT企業および関西地区を担当。帰任後は、IBM Venture Capital Groupの設立メンバーとして参画し、その後退職し米国へ留学。パブリックラジオ局(KPFA)での番組放送の経験を得て帰国後の現在は、「“声”で人々を元気にする」をモットーにラジオDJ、イベント司会、ポッドキャスティングの分野で活動中。「Venture BEAT Project」プランニングメンバー。好きな言葉は「アドベンチャー」。
ブログ:「Edokko in San Francisco 2007」
趣味:タップダンス、ビリヤード、会話、旅、スペイン語
特技:アメリカンフットボール、陸上競技100m
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