2007年6月4日 06時00分
鳴海淳義(編集部)
YouTube動画にブラウザ上から字幕をつけることができるサービス「字幕.in」が会社になった。
GMO VenturePartnersが出資し、字幕in株式会社として5月24日に設立。すでに営業を開始している。
2007年1月にオープンした字幕.inはもともと個人が開発したサービスだが、企業からの引き合いが多かったことからビジネス化に向けて本格的に動き出すこととなった。社長には開発者の矢野さとる氏が就任する。社員はまだいないが、同じGMOグループとなるpaperboy&co.代表取締役社長の家入一真氏がインターンとして参加するという。しばらくは社長とインターンの二人体制だ。
オフィスはGMOグループが入るセルリアンタワーに間借りするが、社長の矢野氏はほとんどオフィスには出勤しないという。サービスの開発はこれまでと同様に自宅で行う。オフィスに行くとすれば、週に1回、ミーティングに参加する程度だ。出資を受けて起業したわけだが、自由度はほとんど変わらない。新会社の資本金は50万円。そのうちGMO-VPの出資額はわずかに1万円(出資比率は2%)である。
今回設立した会社は字幕.inに特化した業務を行う。字幕.inの運営とネット上での字幕関連のビジネス全般が主な事業であるため、矢野氏が個人的に運営しているサービスすべてを字幕in株式会社で運営するわけではない。
字幕.inは動画メディアとして多くの視聴者を呼び寄せる一方、ビジネスではBtoBをメインに、「動画に字幕をつけるツール」として企業に導入していく。では、ネット上の字幕関連サービスとは具体的にどのようなイメージだろうか。
「実用的なところでいうと翻訳系が多いと思います。他には語学の学習ツールとしても使われる可能性はあると思います。あとは先週、日本聴覚障害者コンピュータ協会で字幕.inについてお話をしてきたんですけど、聴覚障害を持たれてる方は健常者よりも字幕が身近な存在で、実際に字幕がないとテレビを楽しむことができません。字幕をキーにして何か興味深いこと、例えば手話で動画を配信してそれに字幕をつけて表現できるサイトを作ったりとかが可能なのかなと思っていて、そういうことをうまくビジネス化させていきたいですね」(矢野氏)
これまでの字幕.inの楽しみ方は、既存の動画に面白い字幕を付け足して、メディアとして視聴するというものだった。だが、広告費で運営していく以外にBtoBビジネスの道が開けたことで、今後の展開に深みが生まれた。
「ビジネスとの繋ぎ込みが難しい映像系のサービスの上に何らかの仕組みを載せることで、BtoBとして使える可能性が出てきた。映像コンテンツをすでに持っている企業とは結びつきやすいと思います」
個人で運営するネットサービスの収益化には課題が多い。面白いサービスでもユーザーから利用料金を集めるのは難しく、仮に利用料を徴収してもサポートの負担が増す可能性もあり、結局は広告を貼るのが精一杯となってしまう。その点、字幕.inはコンシューマー向けのメディアであると同時に、企業にも納品できるクオリティを持つ珍しいサービスかもしれない。
矢野さとる氏は1981年生まれ。20歳までを福岡で過ごした。ウェブサイトを作り始めたのは高校生の頃からだ。自宅にインターネットが繋がり、初めて自分でホームページ作ったとき、世の中に対して何かを表現できる楽しみを知ったという。現在では57ものサービスをネット上に公開している。
ホームページ制作に興味を持った理由は、単純に作ることが好きだったから。それともう一つ、「すごく学校の勉強ができない子だったんです。その自分のモヤモヤしたものを発散できる場所、自己主張の場として、ネットがあった気がしますね」(矢野氏)
学校の授業の内容は覚えられないが、プログラムのこととなると使われる脳が違ってきて、記憶力が一気に増す。興味があることに対してはモチベーションを高く保てる。ただネットに出会うまでは、自分の能力を発揮できる対象がなかった。
子供のころから周りを笑わせるのが好きで、ホームページ制作もその延長線上にあった。基本的な性質がエンターテイナーである。そういった性格のため、高校卒業後に予備校に入ってすぐに、「もっと予備校が面白くなれば」と考えてホームページを作った。しかし、そのサイトのコンテンツ(講師ランキングやチューターランキングなど)は予備校側の怒りを買ってしまった。
その後、スポーツ紙で2年間ウェブ担当のアルバイトを経験し、21歳でヤフーに転職して上京した。その頃から個人ホームページにとどまらない、よりオリジナリティのあるサービスを作り始めるようになった。ヤフーの次はライブドア。そして2006年1月には元ライブドアのメンバーと一緒に会社を設立し、1年間ほどCTOとして働いた。中高年向きのSNSとそれに付随するサービスが主な業務内容だった。徐々に自分のやりたいことと方向性が違ってきたため、2007年1月に会社を辞めて、個人の創作活動に入った。そうしてできあがったのが「字幕.in」である。
字幕.in トップページ動画に字幕をつけられる字幕.inは多くのユーザーを集めたが、当初はこのサービスをきっかけにして会社を作るという発想はなかった。だが字幕.inはこれまで作ったサービスとは違い、「ビジネスとして使いたい」という問い合わせが多かった。実際にそういった話を聞く中で、企業とのコラボレーションによる発展の可能性も感じられた。
字幕inの第一弾ビジネス化案件はすでにローンチ間近だ。角川映画配給の『ミス・ポター』という映画のワンシーンに字幕をつけるコンクールを神田外語グループが主催する。審査委員長は字幕翻訳家の戸田奈津子氏で、コンクールの仕組みは「Powered by 字幕.in」。神田外語グループの100周年を記念したこの企画は、6月中旬に公開される。これは矢野氏が個人で請け負ったものだ。
このコンクールは字幕.inのベースの仕組みを改良したもので、非常に実用的な使われ方である。ただ本来なら字幕.in自体がそのままプラットフォームとして使われるに越したことはない。今後はより自動的に動いていくビジネスが目標だ。「ウェブサイトでも同じですけど、例えばブログは常に自分が発信し続けないと成り立たない、でもレンタル掲示板は枠組みさえ作ってしまえば自然に人が集まってきてコンテンツが回っていく。会社もそういうCGMみたいな状態になればいいなって思うんです」
字幕in株式会社も最終的にはそのようなエコシステムの構築を目指している。設立当初は矢野氏が社長に就任するが、「最終的には放っといても動いていくような感じにしたい」。起業したことで自分の創作活動が制限されてしまうことが唯一の懸念だ。
字幕in株式会社はベンチャーキャピタルの出資を受けて設立した。とはいえ、それほど大きな額ではない。GMO-VPの出資額はわずか1万円。資本金は全体で50万円だ。
矢野氏はミニマムな金額でスタートする理由をこう語る。「そもそも会社化や字幕inの運営自体にそんなにお金がかかるわけでもないので、小規模な状態で会社を始めて、そこから今後大きくしていく感覚なんです。今回は字幕inという会社を作ったんですけど、今後ビジネス化できそうなサービスが出てきた場合も最初はミニマムで始めてそれを大きくしていく流れを作っていきたい。その第一弾としてとりあえず字幕inを作るという感じです」
グループ内にpaperboy&co.があることもGMO-VPからの出資を受けた理由だ。「それはかなり意識していました。家入さんはインターンとして入ってくれることになりました(笑)」。他にもファイナンス周りでのアドバイス、GMOグループが入居するセルリアンタワーの利用など、様々なサポートを受けられることとなった。
それでもプライオリティは個人の活動の方が大きい。ビジネスの席では字幕in株式会社という名前があったほうがスムーズに進むということもあって会社を作ったが、「僕はほとんど家にいます(笑)。会社では一応定例のミーティングはありますが、基本的には自宅とかその近辺で開発してますね」
個人としての創作活動はベンチャーの社長業よりも刺激的なようだ。起業の抱負を聞くと、「本来なら1億円儲けるとか答えるべきなんでしょうけど、僕としては本来やりたい個人の活動ができなくなってしまうと悲しいので、個人としての強みというか、フットワークが軽い状態というのを疎外してしまわないような状態でビジネスとして成功させていくことができればいいなと思ってます」
今回の起業は、いわゆる「ベンチャーキャピタルから出資を受けて会社を設立した事例」とは毛色が異なり、まだ1万円程度の金額しか動いていない。純粋にサービス開発を楽しむ若者が求めるのは、インターネットの先にある“人との出会い”だったりする。
「たぶん、お金に執着心があり過ぎるとあまりうまくいかない気がしていて、それよりも面白いサービスを作りたいっていう思いを大切にしたい。そう思い続けることで自然に関連したお話が展開していく。今回の字幕.inもそうですけど、このサービスをキーにしてすごくたくさんの方々、そして戸田奈津子さんにもお会いできた。QRコードのサービスを作ったときにはデンソーの方と知り合いになれたり、そういうことがたくさんあった」
「そのサイトを作ってお金に変えようというのではなくて、いろいろな人との広がりとか、展開があること自体を楽しみたいなって僕は思います。たぶんネットってそういうものじゃないかなと。たとえば『2ちゃんねる2』を作ったら、ひろゆきさんと繋がったんです。サイトを作るごとにその業界の人たちの近くに引き寄せられていって、出会うことができるってすごく楽しいことですよね。それが個人レベルでできることがインターネットの凄さなのかなという気がします」
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