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2006年9月7日 08時00分

時流に迎合しない投資と経営が成功の鍵

永井美智子(編集部)、田中誠

 企業が成長する過程では、決して経営者1人の努力だけでは無理だろう。資金はもとより、経営に関するアドバイスなどさまざまな支援が必要になる。こうした役割を担うひとつがベンチャーキャピタル(VC)だが、経営者とVCはどのようにして出会い、具体的にどういう関係を構築していくのか、そして人物像は。

 IBM Venture Capital Group日本担当の勝屋久氏が紹介する形式で、VCと経営者の両者に対談してリアルにお伝えします。第4回は、リヴァンプの上田谷真一氏とニュー・フロンティア・パートナーズの鮫島卓氏、ケンコーコムの後藤玄利氏の登場です。

勝屋:ケンコーコムは現在、約6万4000点もの品目を扱っておられて、業績も拡大し、市場も成長しており、将来もとても明るいと思いますが、2002年くらいまでは大変な時期もあったとお聞きしています。その当時、上田谷さん、鮫島さんがベンチャーキャピタルとしてどのように関わっていたのか、つまり、ケンコーコムのアーリーステージにおけるベンチャーキャピタルの役割、重要性について、お伺いできたらと思います。まず、上田谷さんが最初にケンコーコムさんと関わるようになったのはどういうきっかけだったんですか?

上田谷:当時僕は大前研一さんの大前・アンド・アソシエーツという企業でパートナーをやっていたんですが、この会社は、新規事業を自ら作っていくというのが生業で、一方で、事業の立上に必要なのは人材ということで、起業家養成学校のアタッカーズ・ビジネス・スクール起業家育成も行っていたんです。実は後藤さんはアタッカーズ・ビジネススクールの第1期生で、最優秀ビジネスプラン賞も取っていたので強烈に記憶に残っていたんですよ。

 そして2000年頃、僕らの方でビー・ジェー・オー・アットワーク(その後、大前・ビジネス・ディベロップメンツに社名変更)という新しいインキュベーションの会社を立ち上げようとしていたタイミングで、後藤さんがそれまで個人事業としてやっていた通販の会社をECの企業として第二創業したいので、ビジネスプランを見てくれないかと来たんですよね。

後藤:サイトを立ち上げた直後ですね。

上田谷:そうそう、持っていた資金をサイトの立ち上げで使ってしまって、仕入れの資金も足りないと言って。

後藤:仕入れの資金よりも、広告費の支払いが大変だったんですよね。

勝屋:その当時の状況をもう少し詳しく教えて頂けますか。

ケンコーコム後藤玄利氏

後藤:ケンコーコムは1994年に設立しました。1994年から1999年まではダイレクトメールによる健康食品の通信販売をやっていたのですが、1999年の秋にECを始めようと考えて、ウェブサイトを開設する方向に舵を切っていきました。それまでの通信販売でそれなりのキャッシュは生まれていたので、それをもとにしてある程度外部から資本を入れればうまくいくんじゃないかなと思っていました。

 準備をしている段階から、このビジネスを始める以上、健康関連のECでナンバー1にならないと最後は淘汰されてしまうという思いが強くあって、そのためには外部から資本を受け入れないとダメだと思っていたんです。それで2000年の1月くらいにベンチャーキャピタル(VC)に話を聞き始めたら「億の単位で出せるよ、ただ、それなりのお金を使う覚悟はあるの?」と何度か言われたんです。

 その当時は、どんどんお金を使ってサービスを作って、そのカテゴリーのナンバー1になることがECの成功の秘訣と言われていたんですね。ちょうどネットバブルの絶頂期でした。自分もそうやらないといけないのかなと思って、多少どきどきしながら資本政策を考え、サイトの構築を進めていました。

 何も製品がなく、サービスも始まっていない状態で資金調達するのは何となく気が引けたので、実際にサイトを見て評価してもらってから資金調達しようと思っていました。ところが準備が整って5月にサイトを開始したら、その直前にネットバブルが崩壊してしまって・・・。急にハシゴを外された感じですよね。それまではベンチャーキャピタルも「良いものを作ればお金はいくらでも出すよ」と言っていたのに、3月のある日を境に、突然、「お前は来るな」という状態になって(笑)

リヴァンプ上田谷真一氏
株式会社リヴァンプ パートナー
上田谷 真一

1992年ブーズ・アレン・アンド・ハミルトン入社、国内外の民間企業・政府機関の戦略コンサルティングに従事。1995年大前・アンド・アソシエーツを大前研一氏と共に設立し、パートナー(共同経営者)に就任、以後一環して、新規事業の開発・ベンチャー経営・投資などを担当する。2003年より、黒田電気株式会社の取締役として、同社のメーカー事業及び海外オペレーションを統括すると共に、全社の経営改革を担当する。2006年2月より、株式会社リヴァンプのパートナー。東京大学経済学部卒業。

趣味:ジム通い、バンド活動

後藤:当時はサービス開始時に大きく広告を打って、一気に知名度を上げて、シェアを取って、そのままの勢いでカテゴリーのナンバー1まで登りつめるというのがセオリーになっていました。本当か嘘か分からないけどそうするしかないという風潮で、僕も手持ちのキャッシュでサイトを作り、最初の月に2000万円くらい広告費をかけて始めたんです。

 でもサイトオープン時にはすでにネットバブルも崩壊していて、実際にバナーを出しても月に70万円くらいしか売れない状態だったんですよ。さすがに広告費の半分も売れないということはないだろう思っていたんですが、2000万円かけたのに70万円しか売れなくて、計算すると7月か8月には資金が足りなくなることが分かって青ざめました。

 ただ、良いサイトを作ったという自信はあって、これをそのまま展開していけば良いものはできる自信はあったんです。それでいろんなVCに話を持っていたんですが、やっぱり門前払いなんですよね。「何で今さらBtoCなの、今はBtoBtoCだよ」という感じで。

勝屋:それで上田谷さんの所に行かれたんですね。

後藤:はい。良いものを作った自信はあるのでお金を出してくれないかと。そうしたらわりと軽く「いいよ」という話になったんです(笑)

上田谷:後藤さんとはずっと友人づき合いを続けていたんです。よく、アーリーステージでの投資は社長の人間性を見ろとか、VCと経営者の相性が大事と言いますが、その部分の検証はすでに済んでいたんですね。

 しかも後藤さんが社員1人というような通販会社の時代から、したたかに商売をやっていて、サイトを立ち上げるくらいのキャッシュを積み上げていたのは知っていたので、商売人としての信用はできたんです。大前さんも当然、後藤さんのことは知っていたので、話は早かったんですね。

 実は、7月末の支払いに僕たちのインキュベーション会社の設立登記が間に合わないということが分かって、大前さんから個人のお金を借りて投資して、会社ができてから会社出資に振り替えたりしたんです。もうこれは普通のVCではまずやってはいけないことですよね。

勝屋:すごいタイミングだったんですね。一方、金融系VCの鮫島さんはどのようにケンコーコムと付き合い始めて、投資することに対してどう会社を説得したんですか。

鮫島:私が関わるようになったきっかけは上田谷さんの紹介ですね。2001年の5、6月ごろからです。上田谷さんから良い会社があると言われて、「どういう会社ですか」と聞いたら、健康食品を扱っているECサイトと言われて。最初は思いっきり引きましたね(笑)

 当時、ECサイトは全滅している時で、しかも健康食品を扱っているってどういうことだろうと思いました。でも上田谷さんの紹介なのでとりあえずお会いして話を伺ったら、当時、私が役員を務めていたスタイライフという会社とビジネスモデルが一緒だったんですよ。

 それで理解ができて、よくよく聞いてみると今で言うSEO(検索エンジン最適化)を自分たちでやっていたんですよね。まだSEOなんて言葉もないうちから自分たちでグーグルを解析して対処していたのにはびっくりしました。

 ただ、会社としては、「健康食品?EC?何それ?」という状態でしたから、案件を通すのは大変でした。説得材料としては、先に投資してうまくいっていたスタイライフと同じビジネスモデル、当時で言うクリックアンドモルタルというスタイルだったこと、そしてやっぱりSEOをしっかりしていたことですね。

 とにかくあの当時はSEOという言葉すらないわけですから、サプリメントごとに検索してトップページに出てきたものを何枚も何枚もコピーして資料として出すわけです。「入力してみてください、必ずトップに出てくるんですよ、トップに出てこないと誰も買わないですよ」と言って。それで会社をしぶしぶ納得させて案件を通したという感じですね。

勝屋:後藤さんの先見性を洞察したわけですか。

鮫島:先見性というよりそこまで自分たちでやるのかという感じでしたね、当時としては。

 後藤さんについても、突飛なことはしない人だろうなという印象でした。当時すでに自分で通販ビジネスを立ち上げて、3つくらいの商品で3億円の売り上げを計上していましたから。それはすごい実績として評価しました。

上田谷:それは僕も同じですね。後藤さんは、コンサルタント出身の起業家ということで紹介されたりしていますけど、実際は実家も商売を営んでいる商売人だなという印象を持っていました。

勝屋:上田谷さんがアタッカーズ・ビジネススクールで最初に後藤さんに会った頃の印象はどうだったんですか?

上田谷:アタッカーズ・ビジネススクールは、いろいろなバックグラウンドの方が集まってくるのですが、後藤さんのビジネスプランはとても洗練されていて、その時はコンサルタント的には、高い能力がある人だなと思っていました。でも、その印象よりも、後になって、独立して全然違う事業を始めて、会うたびに社員が増えて、売り上げが伸びていってるそのプロセスを見ていた時の方が強烈でしたね。商売人というのは普通のコンサルタント上がりの人とは人種が違うんだなと思いました(笑)

勝屋:なるほど。逆に後藤さんから見た2人の印象はどうだったんですか?

後藤:上田谷さんとはお互いコンサルタントをやっている時にクライアントを通して会ったことがありました。新卒1年目のときですかね。最初は本当にものをずけずけと言う新卒だなあという印象でした(笑)。鮫島さんは淡々としていて、そんなにしゃべるわけではないけど、ひと言ひと言が鋭いという印象でした。

 正直に言って、ネットバブル崩壊前後の印象があったのでVCに対するイメージはあまり良くなかったんです。自分の考えを持たずに、その時の流れに乗って対応を変えていくタイプが多いのかな、とも思っていました。でも、鮫島さんも上田谷さんも自分の視点をきちんと持っていて、時代の流れとは関係なく、自分が評価できると思ったら評価してくれる人、という印象でしたね。

ニュー・フロンティア・パートナーズ株式会社 投資第一チーム チーフキャピタリスト
鮫島 卓

東京リース株式会社入社、金融業務全般に従事。1991年1月国際ファイナンス株式会社(現:ニュー・フロンティア・パートナーズ株式会社)入社し投資部配属直後に融資部へ異動、1999年4月投資部に異動しベンチャー投資業務開始。
IT・インターネット関連企業を中心に投資を行っており、2002年3月以降は日立製作所との相対ファンドのファンドマネージャー兼チーフキャピタリストを兼務。

趣味:スポーツTV観戦、読書、ゴルフ(主に練習)、バルコニーガーデニング(ミント差し上げます)、酒、猫

投資先:インスペック(東証マザーズ:6656)、スタイライフ(大証ヘラクレス:3037、元監査役)、メディア・トラスト(M&Aでトランスコスモス傘下に)、シンプルプロダクツ(M&Aで富士写真フィルム傘下に、現富士フイルムシンプルプロダクツ)、エキサイト(JASDAQ:3754)、ケンコーコム(東証マザーズ:3325)、OSA Technologies(M&AでAvocent傘下に)、オプト(JASDAQ:2389)、インデックス(JASDAQ:4835、現インデックス・ホールディングス)、ビーマップ(大証ヘラクレス:4316)、フルキャスト(東証1部:4848)、ムービーテレビジョン(ソフトバンクブロードメディアに営業譲渡)、インプレス(東証1部:9479、現インプレスホールディングス)、 IPLOCKSフィルテックInterCureネクシオン(取締役)、リファインバース(取締役)、インビジブルハンド(元取締役)、WIDEアクアサイエンスネットラーニング先端情報工学研究所パシフィック・デザイン(取締役)、オープンドアダブル・アイ・テー・ジャパンイメージクエストインタラクティブウェブベース、外7社

勝屋:もう少し具体的に、つらい時期をVCと経営者がどう乗り切ってきたかという点を訊かせて下さい。聞くところによると毎週金曜日にみんなで経営会議をやっていたそうですね。

上田谷:最初の頃はお金を使って懸賞サイトやメールマガジンなどいろいろなところに広告を出したんですが、あまり効果がないと分かって、どう切り替えていくかということを毎週朝8時くらいから会って相談していました。

 その頃の僕の立ち位置はというと、株主でありながら常勤取締役の人たちと同化しちゃっていましたね。経営のモニタリングなどのセンスはなくて、当時自分が持っていたネットワークで、事業提携や人材をどうやったら引っ張ってこられるかという意識ばかりが先に立っていました。要するにベンチャーキャピタルとしては決して褒められた態度ではなかったと思います。

 でも同化しているからこそ会社の最も重要な課題や意思決定の緊急性などがリアルタイムに理解できるので、ケンコーコムの事業モデルの大きな転換点であった、広告による営業活動やめた時なども、すぐに合意できたんです。 ちなみに後藤さんはたまにものすごく頑固に主張することがあって、その時はグーグル対策の話ばかりするようになったんですよ。結局、その考えを会社の戦略とし、広告をすぱっとやめて、検索エンジン対策一本に事実上切り替えたわけです。

後藤:それが2001年の春くらいですね。資金を食いつぶしているのは自分でも分かっていて、いろんな取り組みをするけどそれぞれがうまくいかない。とにかくどうやったら人を集めて商品が売れるような会社にできるかということを、ずっと試行錯誤していた時期でした。

 その中で、上田谷さんは同化していたとおっしゃいましたが、それはありがたいことでもありましたね。僕らとしては、うまくいってない状況をきちんと説明するべきだと思ったんです。お金がなくなったということだけでなく、なぜなくなって、どういう風に得られたものがあったのかということは共有しておかないと発展性がないと考えました。

 だから、毎週金曜日の会議は、「お金がなくなりました」という報告と(笑)、なぜなくなったか、その結果、何が分かったかという話をしていました。普通のVCであれば、そこで厳しいことを言うんでしょうね。でも、上田谷さんは楽天的に、「その結果が得られて良かったじゃないですか。これくらいの傷で済んで良かったですね。じゃあ次はどうしましょうか」と言ってくれたんです。

 こちらとしてもうまくいってないことは言われなくても分かっているわけですし、かなり気が滅入る状態ですから、こちらが非難されてもおかしくない状況でむしろ励ましてくれたり、希望があるという話をしてくれたりしたのはありがたかったですね。

勝屋:精神的な支えになってくれたわけですね。

後藤:そうですね。それに、そこで非難されたらこちらからも悪い情報は出さなくなったと思うんですよ。でも、ありのままさらけ出しても、良いところは良いと言ってくれたし、悪いところはやめましょうと言ってくれましたから、それは良かったですね。

上田谷:オペレーションは後藤さんが一番良く分かっているので、そこに口出ししてもしょうがないということもあったんです。ですから僕は大企業との事業提携を画策したり、知名度を上げたり、人や資金を集めることを手伝っていましたね。

勝屋:そのころの事業の状況はどうだったんですか?

後藤:2000年の間は全然うまくいかなくて、試行錯誤だったんです。ただ、2001年初頭にグーグルが日本語化されたんですね。その直後ごろ自社のアクセスログを見ていくと、突然グーグルが現れてアクセスが増えているのが分かったんです。

 もともと僕はダイレクトマーケティングをやっていたので、最初の頃からとにかくできる限り数字を把握して判断材料につかっていたので、アクセスログもずっと目を通していたんですが、そこでグーグルの存在に気づき、調べてみてこれはすごいなと思ったんです。スタンフォード大学にある資料などを見ていくと彼らの考え方が分かって、こうすれば検索エンジンから人が来るんだということも分かりました。

 それで2001年の頭からサイトの構造を見直して、それとともに商品も増やしていきました。これはロングテールの概念につながるんですが、絞り込んだ商品を扱うのではなく、幅広い商品を扱うことが重要だということにも気が付いたわけですね。

 その頃、月商÷商品数が約1万円だったんです。じゃあ、売り上げを増やそうと思えば商品数を増やせばいいんだと気付きました。実際に商品数を増やすにしたがって売り上げが伸びるという相関関係も見えてきて、これならいけるという方程式がその時にできたんです。

勝屋:その後の増資で鮫島さんが参加されるわけですね。

鮫島:私たちがお金を出す前の決算では売り上げが約2億円で支出はそれ以上あったんです。自分たちでグーグル対策もできて、商品点数と売り上げの相関関係もあることが確信できた状況で、さあこれから、という時にお金がなかったわけですよね。それで私たちが資金を出すことで、会社として何カ月間かは思ったことを自由にできるようになったということです。後で「よくあの時にお金を出してくれましたよね」なんて言われたんですが(笑)

後藤:上田谷さんからも、僕が資金調達にあまり関わり過ぎない方がいいということは何度か言われたんです。資金が非常に厳しかった時期が長かったので、それまではかなりの労力を資金調達に使っていましたからね。いろいろな企業を紹介してもらう中で、ここで鮫島さんにも資金を出してもらえれば、あと1年間は事業に専念できる。だから出してもらおうということになったんです。

ケンコーコム株式会社 代表取締役社長
後藤 玄利

1967年2月、80年の歴史を持つ地場の製薬会社の創業家に生まれる。1989年東京大学教養学部基礎科学科卒業後、アンダーセンコンサルティングに入社。戦略コンサルティンググループの設立メンバーとなる。1994年5月アンダーセンコンサルティングを退社し、うすき製薬に取締役として入社 。1994年11月株式会社ヘルシーネット(現ケンコーコム株式会社)を設立。代表取締役に就任。1997年7月うすき製薬株式会社代表取締役に就任(2001年8月より取締役)。2000年5月にケンコーコムを立ち上げる。

趣味:テニス、アメリカンフットボール(観戦)

上田谷:後藤さんはいろいろ細かいことをやりすぎると思っていたんですが、最後まで手放さなかったのがシステムに関することなんです。社長兼システム係長なんて言われていたりして(笑)。でも結果的にはそれが良かったんです。ケンコーコムのコアコンピタンスの一つは検索エンジン対策だったわけですよね。だから後藤さんには最低限、社長として顔にならなくてはいけないところには出てもらって、あとは他の役員に役割を分けていったんです。

後藤:ただ、鮫島さんにお金を出してもらって1年は大丈夫だろうと思っていたら、本当に1年でまた結構苦しい時期になったんですよね。ちょうど、損益分岐点に達した2002年の秋頃でした。

上田谷:「あるある大辞典」などのテレビ番組で紹介された商品が売れるというような勝ちパターンは見えていて、経営には楽観的だったんですが、資金的には厳しくなっていたんです。事業が上向くことはわかっていたのでIPO前の最後の追加出資を自分の所でしようとしていたのですが、いろいろ僕の会社の社内事情でごたごたがあって、個人的には嫌だったんですが、融資という形で資金を供出して乗り切ったんです。

後藤:2003年の春には返すということで融資をしてもらって、2003年の1〜2月は月商が1億円くらいになりました。で、3月に「シジュウム」のヒットがあって、月商が2億円になったんですよ。

勝屋:花粉症に効果があるというシジュウムですね。鮫島さんの会社から紹介されたものだったとお聞きしましたが。

鮫島:最初は「何だこれ」という感じだったんですが、人から頼まれたからしょうがないと思って紹介したら、それがテレビで取り上げられて大当たりしたんですよ。あの時期にはローズヒップもヒットしましたね。

後藤:両方ともテレビで紹介されて、検索エンジンのトップにはケンコーコムが来ていましたから、立て続けにヒットしたんですよね。実は2003年の2月までの見通しでは、2002年度は売上高が9億円くらいで数千万円の赤字になる予定だったんです。それが3月にシジュウムとローズヒップという神風が吹いて、売上高が10億円に乗って、通年の損益が黒字に転じたんです。

勝屋:すごいですね。まさに神風だ。

後藤:それまではまだBtoCのECに対してネガティブな論調が多かったんですが、ちょうど米Amazonが黒字転換したころで、ECも案外いいかもしれないと少しずつ言われ始めたんですよね。専業でECをやっている会社で、売上高が10億円あって、なおかつ黒字になっている会社は、当時の日本に5社あるかないかだろうと。であれば、これで株式公開(IPO)に持っていけるかもしれないねという話になったんです。それまでも少しずつ準備はしていたんですが、本格的に申請をしようと動き出しました。

鮫島:2月の時点では今期の決算での申請は見送ろうと言っていたんですが、3月に神風が吹いたので、これは行けるんじゃないかというモードになったんですよね。

上田谷氏と鮫島氏

勝屋:まさに激動の時代という感じですが、今振り返られて、おふたりのVCの参画は良かったですか?

後藤:良かったも何も、入ってもらえなかったら2000年の7月で倒産していたのはまず間違いないですから(笑)。仮にお金があっても自分が正しいと思ったことをやり通せなかった可能性は十分にありますね。

 つまり、BtoCのECが自分では行けると思っていても、やっぱり不安になることもありますよね。社内だけでは自分たちがやっていることを冷静に判断するのはなかなか難しいので、一歩外から見てもらって、これで行けるかどうかを一緒に考えてもらえたのはすごく助かりました。そういう意味でも上田谷さんと鮫島さんに入って頂いて、毎週ディスカッションしながら、今やっている方向で正しいんだという確信を持って進めていけたのは良かったと思います。

勝屋:なるほど。いい関係だったんですね。ちょっと観点を変えてお伺いしたいんですが、上田谷さんは最初にコンサルティング会社に入られて、その後VCや事業会社の役員を経て、今はリヴァンプという会社で仕事をされていますが、今後はどのようなことをやっていきたいと考えていますか?

上田谷:もう少し年齢を重ねたら、というか、成功したらと言ってもいいんですが、もう一度VCをやってみたいとは思っています。今は事業会社の経験をもっと積んでおこうという時期ですね。

 大前・ビジネス・ディベロップメンツを辞める時に、ケンコーコムで成功した実績を持ってもっと大きな投資をしようかと考えたこともありました。でも、ファンドが大きくなると、投資家の方を向いてそちらにエネルギーをかけることになると思うんですよね。それが正しい投資家のお金の預かり方だと思いますし・・・。

 でも、そうなると僕が一番楽しくて良い経験だった、会社側に同化して仕事するということがなかなかできなくなると思ったんです。それで僕は事業会社に行った方が楽しいだろうなと思いました。

 もうひとつ、自分で起業するという選択肢もありますが、これは頑固な商売人としての後藤さんを見ていて、起業家は簡単に真似できるものではないと思いました。起業は確かに憧れでもありますが、相当の情熱が湧いてこないと絶対に手を出してはいけないと思っています。起業するか、プロの経営者としての経験を積むために事業会社に行くかというところで、僕は事業会社の方へ進みました。ただ、どこかでまたベンチャーのインキュベーションとかはやってみたいと思いますね。

勝屋:そもそもVCの役割はどういうものだとお考えですか?

上田谷:やっぱりネットワークですね。足りないものを連れてくるというのは意味があると思いますし、そういうものを持っていないとあまり面白い仕事はできないんじゃないかと思います。

 もちろん、相手にもよると思います。ケンコーコムの場合は後藤さんも他の役員もマネージメントの知識が豊富だったので、そこでとやかく言う必要がなかったんですね。これが技術系や職人系に近い会社だったらそこもやらないといけないと思いますが、ケンコーコムのような経営チームがいるベンチャーならネットワークはとくに重要になると思います。

勝屋:鮫島さんは、どういった点を投資の基準にされているんですか?

鮫島:投資の基準は、ものすごくシンプルに言ってしまうと、ちゃんと売り上げが上がるビジネスかどうかということですね。それから、当然、経営者です。その人と一緒にやっていける人かどうか、対話ができる人かどうかですね、感性として会ってみて分かることなんですが、その部分が大きいですね。だから投資するかしないかは、最初に会った時にほとんど決めていて、あとはそれを社内で通すためにどうやって資料を作るかということです。

 最初にビジネスモデルを聞いて、経営者に会って話をしたら、もう自分の中では決めていますね。あまり良くないかもしれませんが、もし個人でやっていたらすぐに決めて動いてしまうかもしれません。実際は社内調整をするのに時間がかかったりしてご迷惑かけることも多いですけどね。ただ、デューデリジェンス(投資時の評価手続き)で問題点や課題がはっきりしますから悪い事ばかりではありません。

勝屋:組織型VCの難しいところですよね。投資先候補はどのように探してくるのでしょうか?

鮫島:今は投資先が多く、深く関わっているところも多いので、自分で新規に面白いビジネスを探しに行く時間がないのが現状です。でも、おかげさまでネットワークができているので、その中の紹介で見つけることができます。これは価値観をお互いに共有できていて、信頼関係があって、紹介者がどんな人なのか、或いはお互いどんな会社に投資しているかなども分かった上での紹介ですから安心ですよね。

 あと、後藤さんのようにIPOした経営者の方とも、IPO後も色々な紹介を含めてずっとお付き合いしているので、その会社からM&Aをやるんだけど参加しませんかと言われたり。おかげさまでいろんなところから声をかけて頂けるようになりましたので、常に新しい案件はあります。

勝屋:VCをしていてどんな時に嬉しいと思いますか。また、将来的にどんなベンチャーキャピタルを目指していますか。

鮫島:嬉しいのは最初に聞いたビジネスモデルが少しずつ現実になっていくことですね。ずっと付き合っているので、IPO後も含めて会社や経営者自身が大きくなっていくのも嬉しいです。それから、やっぱり投資会社ですから、IPOが承認された日ですよね。関わり具合にもよると思いますが本当に涙が出ます。経営者の人はそこからが大変なんですが、一応我々の仕事はそこで一旦終わる事もあって泣けますね。

 今は組織型のVCにいるのでいろいろ制約も多いんですが、やっぱり日本は新しいサービスや技術を提供できるベンチャー企業が出てこないと成長はないと思うんですよ。そうでなければ今ある会社が海外に出て、海外のマーケットでシェアを取るしかないわけですから。月並みな言い方かもしれませんが、微力でもそこで貢献できたらいいなと思っています。単純に金儲けだけではなくて、キャピタリストとして尊敬される仕事をしたいですし、そのためには日頃の行動も大事だと思います。先ほども言ったネットワークですよね。これに尽きると思います。

転機となるような出会いは常に探しているからこそ見つかるという意見で一致した

勝屋:後藤さんにもお伺いしたいんですが、経営者側としてVCとのつき合い方はどうしたらいいか、アドバイスがあったらお願いします。

後藤:そんなに多くの人と付き合っているわけではないので分からないですけども、ひとつはVCなのか、ベンチャーキャピタリストなのかということですよね。つまり、鮫島さんや上田谷さんという個人なのか、組織のVCなのか。どっちを取るかといえば、まず人が先にあるべきだと思うんです。ブレがない、芯のある人と一緒にやらないとまずいんじゃないでしょうか。

 事業をやっている側はどこかにフォーカスしてそこに突き進んで行こうとしているので、ベンチャーキャピタリストがお金の流れに合わせてなびいてしまうと、結局はロスにつながってしまうと思うんです。きちんと信念をもっていて、こちらがフォーカスしていることに共感してもらえる人であれば、全体が大きくブレることはないと思います。

 組織のVCの場合はいろいろ組織としての力学が働くと思いますが、そういった時にも信念を持っている人であれば、ある程度は同じ舟に乗って来てくれるだろうなと思いますしね。僕の場合はうまく行きましたが、うまくいかなかったケースの話を聞くと、そのあたりがネックになるようですね。

上田谷:VC側からも同じようなことが言えますね。うまくいってない会社は会社の方も外部の状況に流されてブレてしまう経営者がいたりするようです。

勝屋:やっぱり、大事なのは“人と人との信頼関係”ですね。そういう出会いというのは偶然でしょうか、必然でしょうか。

後藤:お互いのネットワークの問題なんだと思います。僕たちの場合は、上田谷さんも鮫島さんも、企業と金融業界の両方にすごいネットワークを持っていたし、僕もできる限りネットワークを持とうとしていました。

 僕は出資を受けるまでに10〜20人のベンチャーキャピタリストと会って、相性が合わなかった人とは2度と会ってないです。そんな中で、たまたま上田谷さんのネットワークの中で上田谷さんが投資してもいいかなと思ったところに僕が入っていて、僕のネットワークの中で僕が出資をお願いしたいなと思っていた中に上田谷さんが入っていた。しかも上田谷さんがインキュベーションの会社を立ち上げるタイミングと僕が資金を強く欲していた時期が一致していた、ということなんですよね。

 それはお互いのネットワークが広くあったから、というのが前提だと思います。しかもネットワークの質も良かったということでしょうね。

鮫島:意識するしないにかかわらず良質のネットワークを作る努力と、そのネットワークを維持、拡大させる努力を常にしていないとダメだということでしょうね。お金が欲しい時だけ誰か出してくれと言っても、いい結果が得られるわけがありませんから。ケンコーコムは、必要な時に必要な人が必ず現れたんですよ。投資してからもそうなんですが、IPOをどうしようかという時に後藤さんが昔から知っているその道の専門の人がぱっと入って来たり、経理のマネージャーをどうしようかと思っていたら優秀な会計士さんが入って来たり・・・。

 それは常に求めているからなんですよね。結果として、偶然たまたま現れたというように見えても、本当はそれまでの努力があるはずだと思います。成功した会社に共通している事ですね。

後藤:あと、ネットワークを作るにしても、自分の得意な方面だけでなく、いろんな方面に作っておく必要はありますね。そうじゃないと、足りないところはいつまで経っても足りないということになりますから。

IBM Venture Capital Group ベンチャーディベロップメントエグゼクティブ日本担当
勝屋 久

1985年上智大学数学科卒。日本IBM入社。1999年ITベンチャー開拓チーム(ネットジェン)のリーダー、2000年よりIBM Venture Capital Groupの設立メンバー(日本代表)として参画。IBM Venture Capital Groupは、IBM Corporationのグローバルチームでルー・ガースナー(前IBM CEO)のInnovation,Growth戦略の1つでマイノリティ投資はせず、ベンチャーキャピタル様との良好なリレーションシップ構築をするユニークなポジションをとる。7年間で約1800社のベンチャー経営者、約700名のベンチャーキャピタル、ベンチャー支援者の方々と接した。Venture BEAT Project企画メンバー、総務省「情報フロンティア研究会」構成員、ニューインダストリーリーダーズサミット(NILS)企画メンバー、大手IT企業コーポレートベンチャーキャピタルコミュニティ(VBA)企画運営、経済産業省・総務省等のイベントにおけるパネリスト、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の中小ITベンチャー支援事業プロジェクトマネージャー、大学・研究機関などで講演、審査委員などを手掛ける。ベンチャー企業−ベンチャーキャピタル−事業会社の連携=“Triple Win”を信条に日々可能な限り多くのベンチャー業界の方と接し、人と人との繋がりを大切に活動を行っている。

また、真のビジネスのプロフェッショナル達に会社や組織を超えた繋がりをもつ 機会を提供し、IT・コンテンツ産業のイノベーションの促進を目指すとともに、 ベンチャー企業を応援するような場や機会を提供する「Venture BEAT Project」 のプランニングメンバーを務める。

趣味:フラメンコギター、パワーヨガ、Henna(最近はまる)、踊ること(人前で)