2007年11月8日 23時11分
島田昇(編集部)
2006年1月に起きた「ライブドアショック」など新興企業の不祥事が続き、投資家の信頼を失った新興市場は、長い低迷の時を迎えている。
新興市場に対する批判は証券取引所、証券会社、監査法人へと飛び火。新興市場にかかわる存在の中で「誰が悪かったのか」という犯人探しが始まり、まだこの答えは出ていない。
こうした中、新たに設立される「NEO」について、企業の信頼性を監査する立場の会計士はどのように見ているのか。また、新興市場が信頼を取り戻すために課された監査法人の役割とは何か−−。IT関連企業の監査を数多く担当してきた監査法人トーマツでパートナー、LSGシニアアドバイザー兼TMTグループシニアアドバイザーを務める北地達明氏に聞いた。
この手の話では必ずと言っていいほど「ライブドア」という固有名詞が出てきますが、私個人にとっては、この固有名詞は別の世界のものにしか映りません。
私にとってのITとは、情報通信インフラなどにかかわる技術の会社が多かったのです。ですから、消費者向けのネット事業を展開する一方で、複雑多岐にわたる金融事業を手がけるライブドアの会社としての実態、そこに登場する人物(会社だけでなく)のイメージはわたしのITに対する認識とはかけ離れていました。
世の中的には何か事件が起こると、キャッチフレーズを決めて犯人探しをし、それで満足して納得するという傾向がありますが、それは本質的な問題解決には至らないと思います。もちろん、前に進むためには罪を犯した人やそれに強い影響を及ぼした存在の責任を問うということも必要ですが、1つの原因にすべてを帰結させてしまうのではなく、もっと“豊かな議論”をした方がいいのではないでしょうか。
株式市場では市場、投資家、会社などさまざまな立場で今も多くの課題を抱えています。特に、日本の株式市場は歴史が浅く、90年代から官民一体の努力で新興企業向けには急速な発展を遂げてきました。ですから、急速な発展によるしわ寄せが生じたことはむしろ必然であり、一連の株式市場にまつわる課題の解決は、そもそも時間がかかる問題なのです。
また、ITということで言えば、IT企業が開発や販売計画に失敗するなど、ライブドアショックで取り上げられた企業の不祥事以外のところでも、数々の難しい問題が起きていることはあり、もともとチャレンジしていることは簡単なことではないということに注目すべきでしょう。
選択肢が増えることはいいことだと思っています。東証が適切に表現しにくいですが「マザーズは将来的にエスタブリッシュを目指す企業の通過点」というような位置づけを打ち出してきているので、今後の展開が不安定だが面白そうな会社にとってマザーズ以外の上場先が増えることは、単純に喜ばしいことでしょう。
会計士という観点から注目しているのは、マイルストーン開示です。法律という制度の中で要求された書類以外のセルフ・レギュレーションを出すことで、それを投資家がどのように活用するのか、非常に興味があるからです。
国内の四半期開示制度のような先進的な制度をベンチャーが率先して行っても、まだ事業以前であるベンチャーは損益計算書の中で表現できることは限られています。
また、中長期での開発が必要となる事業などは、今の会計の仕組みでは非常に表現しづらい。つまり、ベンチャーの自己表現手段としてはもちろん、今の会計制度の限界を補完する仕組みに発展する可能性も含め、注目しているわけです。
ですから、NEOに上場する企業にはマイルストーン開示の存在を大事に考えてもらいたい。義務なので仕方なく書くという姿勢ではなく、受け手にとって役に立つ情報か否かという観点で、真剣に向き合ってもらいたい。
例えば、「効率的に開発できているけれどもコストがかかっているのか、効率的に開発できていないからコストがかかっているのか」など、損益計算書上では表現できないけれども、投資家にとって有益な情報となる切り口はたくさんあります。
まずは経営者がどれだけ冷静に自社の計画を立てられるか否かというところでしょう。ベンチャーには「控えめに見て」「客観的に見て」と言いつつも、自らが示した計画をクリアできない企業が多いです。
事業を行うのに熱意や思い入れが必要なことは否定しませんが、「昨年30%増の伸びだったので今年は控えめに見て20%増の伸びを計画しています」などと言っていたのでは、外部の人間からは何の客観性も感じられません。
また、技術の世界では自分たちのカバー領域しか目に入っていないという技術者が多いです。例えば、買い手を見たときには競合する商品があるにもかかわらず「当社の技術と競合する技術を持つ企業はありません」などというケースも少なくないのです。
ただ、技術と経営の両方の感覚を持っている人はそもそも少ないです。深い技術を持っている人の多くは大企業の中にいますし、こういう人が外に出て行って、多角的な視点を身につけるだとか、別の才能を持っている人と出会うということが普通のように起こるには、まだ時間のかかることなのかもしれません。
そういった観点でマイルストーン開示を考えると、きちんと自分たちが持つ技術の有用性を伝えることができれば、これまでに呼びえなかった投資家を呼び寄せることにもつながるのではないかと考えられます。
また、機関投資家向けのレポートを主に執筆するアナリストやそもそも技術畑の投資家などが注目するなどの動きにもつながれば、ベンチャーの存在が広まりやすくなるきっかけの1つにもなるのではないでしょうか。
先ほどおっしゃられたように、市場関係者に魅力が伝わっていないのであれば、それは問題でしょう。
確かに、ITという視点で見ると、他の新興市場と比べたときの優位性が見えづらいようにも思えます。おそらく、NEOの魅力が見い出せないとおっしゃる市場関係者は、NEOがほかの新興市場と比較した際にどのような立ち位置をとり、どこをとっていくのかというところが見えづらいということを指摘しているのでしょう。
ただ、バイオの観点から見るとNEOはありがたい存在です。バイオは製品開発に十数年かかるのが普通で、東証もバイオ関連企業における上場基準のハードルを上げているので、その受け皿となる機能を果たせると期待しています。
環境やエネルギーの分野においても同じことが言えますし、ITに関してもインフラ系では相性がいいと考えています。
資本市場や直接金融と呼ばれるものは民間のものです。この民間のものに対して、民間人が信頼して投資ができるようにすることが、監査法人の最大のミッションだと私は考えています。
あえて監査法人の問題点を挙げるとすれば、監査法人の存在そのものがマイノリティだったことではないでしょうか。
経営者の中には「監査法人は会社の味方だと思っていた」などとおっしゃる方もいらっしゃいますが、我々の存在はあくまでも中立的です。中立的だからこそ、投資家や株主が安心して投資判断ができるという環境が整うという重要な役割を果たしているのですが、この事実に各方面の人たちが無関心だった。
しかし、監査法人の重要性に誰もが気づきだし、社会的な期待度も高まってきたことから、急速に監査法人の選別が始まっており、淘汰も起きているということなのでしょう。関連の法制度も多少急いで整備されて来ていますので、これがこなれるのには時間がかかるということは、現時点での課題点だと言えます。
ベンチャーへの愛は感じながらも淡々と監査をすることです。
いい会計士というのは、いい会社に出会うことで育っていきます。しかし、こうして自分を育ててくれる会社への愛が深ければ深いほど、その会社の側に気持ちが傾きがちです。しかし、それではダメで、会社の実情を表わすさまざまな数字に至る過程を知っていても、投資家から見たときに適切な表現方法かどうかを判断しなければならない。
ある意味、監査というのは己との戦いなんです。
私が監査をする上で常に想定しているのは、ある人から聞きましたイギリスの田舎の会社の株主総会の模様です。イギリスの中流階級は質素で、大勢の黒い服を着た老人が配当を期待して座って総会に参加しているそうです。元気が良くてまだ働ける人たちが損をするのとは、わけが違う。この姿を想定して監査にあたることが、我々の原点だと思っています。
徹底して中立の立場を貫かなければならない会計士は、こうした軸を1つ持っていないと、日々の判断に悩むし、迷います。これから会計士は増えていきますが、これからの会計士たちには資本市場の信頼性を守るという使命を忘れず、監査にあたってもらいたい。
こうして会計士と企業の間に緊張感のあるいい関係を作り、お互いがお互いを育てていける環境をお互いが作っていこうとすることが、何よりも重要なことなのではないでしょうか。
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