2007年10月25日 19時58分
島田昇(編集部)
ゲームはメディアの王様――。
インディソフトウェア代表取締役社長である野津幸治氏は、こう持論を展開した上で、企業のウェブマーケティングの未来を次のように予測する。
「もうすぐ企業のホームページにゲームがあるのは当たり前の世界が来る」
同社はゲームの企画開発およびウェブシステム開発が主力だが、2007年4月から新規事業「アドバゲーム」を開始。これが、ゲームをメディアの王様に押し上げる突破口になると見ている。
アドバゲームはミニゲームを媒介とした広告商品。閲覧者はただ広告を見るのではなく、ゲームを通じて企業が訴求したい商品やサービスにより深く触れることになるため、従来よりも高い広告効果が期待できるとしている。
すでにKDDIやネスレ日本など大手や外資系企業が利用しており、約半年で30本程度のタイトルをリリース。2007年内には大手ネットメディアとの共同展開も計画しており、「2008年9月期には売り上げの3割程度に寄与する主力事業の1つになる」(野津氏)。
野津氏に転機が訪れたのは1998年。大学卒業後、リクルートを経て入社したゲーム開発ベンチャーで、機能しなくなりつつあったゲームクリエータ部隊の立て直しを任されることになった時のことだ。
ゲームクリエータたちと開発にたずさわるのは素人同然。学生時代からアルバイトとして入り込んでいたリクルートでは、CDやインターネットなど当時としては新しかったメディアの可能性に触れつつ、営業とマーケティングの道を歩んだ。
一方のゲーム開発ベンチャーではこれまで、財務、法務、採用が担当。ソフトウェアのライセンス処理など弁護士が手がける案件にも顔を出し、経営のノウハウを徹底的にたたき込んでいたため、開発に直接口を挟むことはなかった。
どこから立て直しに着手すべきか分からないまま、野津氏が最初に取り組んだのは「誰よりも仕事をやる」ということ。「俺は何でもやる」と宣言し、未知の作業や単なる雑用でも、手探りながら率先して手を動かし続けた。
やがてそんな野津氏に信頼を寄せ始めたクリエータたちの声に耳を傾けると、適材適所とは言えない人員配置である状況が分かってきた。これを受け人員配置を再編して仕事のやり方に変化をもたらすと、クリエータ部隊は輝きを取り戻していった。
野津氏の中にも、ソニーの盛田昭夫氏や松下電器産業の松下幸之助氏など起業家の伝記を読み漁り、「自分もモノ作りに従事したい」と誓ったこと、『シムシティ』を初めて見たときに「ゲームという切り口でモノ作りをしたい」との思いがより鮮明に浮き上がってきた。
その後1999年、ゲーム開発ベンチャーの仲間たち7人を連れて独立。これまでの経験を十二分に生かして強固な社内体制を構築する一方、ネットブームの波に乗り、ウェブシステム開発事業参入による財務体質の強化とネット事業におけるノウハウを蓄積していった。
マーケティング、経営、システム開発――。多角的な視点からゲームという切り口でモノ作りを追求して辿り着いたアドバゲーム。今後、効果の高い広告商品としてアドバゲームが認知され、さまざまな企業での採用が検討されるようになれば、「ゲームはメディアの王様」という野津氏の持論は、新たな価値観として定着する。
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