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 東京大学本郷キャンパスからわずか300m。とあるごく普通のアパートに、21〜24歳の若者6人が昼夜を問わず集う一室がある。外観からは全く想像もつかないが、約10畳分の広さしかないこの部屋こそ、2006年3月に設立された、有限会社プリファードインフラストラクチャーのオフィスなのだ。

 彼らは皆、東大・京大、および同大大学院の現役学生、もしくは卒業生。得意分野はさまざまながら、それぞれがコンピューターに関するきわめて高度な専門知識と技術を有する、ひとかどの開発者である。

 2002年度未踏ソフトウェア創造事業(IPA「独立行政法人情報処理推進機構」が、IT人材の発掘と育成を目的として、一般の開発者を支援する事業)で採択、絶賛された、フリーの仮名漢字変換エンジン「Anthy」の開発者もいる。まさに、頭脳集団という表現がぴったりだ。

自分達の検索エンジンは「ダイヤの原石」

060611preferred_gaikan.jpgオフィスが入っているアパート。メンバー達は、学校帰りなどに立ち寄る。

 メンバーの多くは、未踏ソフトや、ICPC(ACM国際大学対抗プログラミングコンテスト)世界大会で実績をあげ、そこで知り合った。代表取締役・最高経営責任者の西川徹氏は、同社設立の動機について、穏やかな、それでいて熱のこもった口調でこう語る。

 「お互いの力量を認め合った、この優秀なメンバーで、何か大きなことをやりたい。いや、必ず成し遂げられると思い、私が提案しました。最初から、明確なビジネスのビジョンがあったわけではありませんが、迷いは全くなかった」

 理想からスタートした起業はまず成功しない――。そんな起業家の“常識”を、西川氏やメンバーたちが知らぬはずはない。しかし、この頭脳集団の持つ高い技術力と、それに裏打ちされた自信は、“常識”を脳裏から消し去るのに十分だった。企業からも引く手数多だったがその誘いを蹴り、リサーチャー・エンジニアの岡野原大輔氏を始めとする各々が西川氏の提案に即応。西川氏の大学院修了を機に、このアパートを借りた。

 今年に入り同社は、エフルート(旧ビットレイティングス)の携帯電話向け検索サイトに次世代検索エンジン「Sedue」を提供したほか、シーエー・モバイルとも、モバイル検索エンジンに関する技術提携を行っている。

 それにしてもなぜ、会社の核となる事業であえてGoogleという巨人の待つジャンルに挑んだのか?

060611preferred_nishikawa1.jpgコンピュータはずっと持っていなかったので、毎日ペーパープログラミングをしていました。中学受験で、志望校に受かったら買ってもらう約束だったんですが、合格したのになぜか買ってもらえず・・・。仕方なく自分で中古のFM-7(1982年発売)を1000円で買いました。

 「2004年頃、私と岡野原は未踏ソフトプロジェクトで「Sedue」の原型となる高速なコアエンジンの開発に携わり、これはビジネスになる、と確信しました。われわれの技術は、ダイヤの原石だと思ったんです。加えて、検索を軸に据えれば、メンバー全員の持つ技術力を最大限に発揮し、補完しあえる。それに、検索エンジン制作時に必要に駆られて開発した大規模データを扱う基盤など副次的に派生した技術は、他の分野でも活用できますからね」

 要するに検索は、同社にとって時代のニーズに沿い、かつ運営面でも最適な分野だったというわけだ。もちろん、Googleの存在は無視できないが、真っ向から対決しようとも考えていない。

 ゴールデンウィークの数日間だけで開発したという連想検索エンジン「reflexa」がいい例だ。実際に使ってみると、筆者のようないちエンドユーザーにさえ、これまでの検索エンジンとの発想の違いが感じられる。これを使えばいろいろなことが可能になりそうな、新鮮な感動がある。

 「Googleがまだ検索できていないデータは大量にあります。ウェブ検索など、大量にアクセスのある環境で日本語の精度を出せるよう最適化され、かつ低価格なエンジンなら、ニーズは必ずあります。それに、Googleというひとつの検索サービスに頼っている現状に危機感もある。自分たちで質の高い検索サービスを実現し、そうした環境を普及させることができれば、検索の概念そのものが変わるかもしれません」

受託生産はしない

 プリファードインフラストラクチャー設立の目的は、「自社の持てる技術を世界に広める」こと。そのために西川氏は、2つの運営方針を掲げている。

 ひとつは、開発は基本的に集まって行い、メンバー同士の情報交換、議論を怠らないこと。どの技術がブレークし、受け入れられるかは日々刻々と変化する。

060611preferred_office.jpg住居用のアパートの1室がオフィス。入り口には2台のサーバマシンが無造作に置かれている。

 個々の技術力の高さは、ともすれば自己満足的な、作りっぱなしの開発につながりかねない。逆にいえば、お互いに専門分野が違うからこそ、議論によって他分野の知識を吸収でき、かつニーズに合った質の高い商品を生み出せる。京都在住の2人のメンバーとも、欠かさず「Skype」でやりとりをしているという。

 もう一点が、受託生産をしないこと。もちろん、同社の技術力をもってすれば、クライアントの提案を受け、それに見合うサービスを提供することは容易だ。しかし、各エンジニアが作りたいものを作る、というのが基本姿勢でなければ、個々の持つ技術を最大限に生かすことはできない。それでは、そもそも起業した意味がない、というわけだ。

 営業手法に関しても、この2つの方針は貫かれている。ネットを活用して技術デモンストレーションを行い、反応のあった企業に対して西川氏自らが営業をかける。西川氏がミーティング等を通してメンバー全員の技術を理解しているからこそ採れる手法だ。ブログによる口コミや、技術セミナー参加をきっかけに、商談へと発展するケースも多い。Sedueリリース時には、10社以上から問い合わせがあったという。

 ただ、当然ながら開発と営業という全く異なる2つの業務をこなす西川氏の負担は大きい。起業の際も、運転資金の調達には苦労したという。いくら技術力が高くても、すぐにマネタイズできるわけではなく、実績もない。ベンチャーキャピタルの支援を得るのは難しく、営業に行ってもうまくいかない日々が続いた。 もちろん、営業専任の人材が必要であることはわかっている。にもかかわらず、西川氏は、いや、同社の全員が、少なくとも当面は、その必要を認めていないようだ。

 「今はわれわれ自身、先日リリースしたreflexaがどんな使い方をされて、どうマネタイズできそうかを把握しきれていないんです。プロモーションやビジネスモデルの構築は、まずはそこを見極めてからのこと。少なくとも半年先の話だと思います」

 個人の能力を1とするなら、1+1を3にも4にもするのが組織だ。その意味で同社は、経営組織としては未熟かもしれない。しかし、それを補って余りある、開発集団としての実力と自信が、またそれを伸ばす環境が、この会社にあるのは確かだ。単に理想のみで突き進んでいるのでないことは、今年に入ってからの同社の実績が証明している。開発者8人の持つ8の技術力が掛け合わさり、20にも30にもなっているのだ。

 「イノベーションを起こすエネルギーは、やはりその技術を作った人からしか生まれ得ないと思います。だからこそ、技術者が主体となって、世の中に広めていく方法を模索しなければならないのではないでしょうか」

 優れた技術とその開発者には、黙っていてもクライアントやユーザーを惹きつけるパワーがある。それは、MicrosoftやGoogleの例を引くまでもない事実だ。

060611preferred_zentai2.jpgそれぞれのメンバーのコンピュータとの出会いは「小学5年生の頃、親戚からMSX(1983年発売)の本体をもらったのですが、ソフトが何もなくて。遊ぶには自分でプログラムを書くしかないので、中学時代のすべての時間を、BASICに費やしました」「小学生のときに始めたパソコン通信です」「iアプリ」がきっかけで、プログラミングにのめり込みました」などそれぞれだ。
取材を終えて

部室のような1室で楽しそうに技術の話をしていた彼らからは「技術の力で世の中を良くできる、自分達が良くしたい」という純粋な気持ちが強く伝わってきた。国内外のライバルなどについて質問をしても、きちんとした前向きな答えが返ってくる。自分達の能力を正しく評価して、絶対にそれを安売りしないという気構えがあるのだろうと思う。言葉の端々から、率直に頭が良いと感じた。ここから世界に通用する日本発のサービスが生まれるかもしれない、と感じさせる若いエネルギーに溢れた会社だった。