2007年5月23日 17時06分
瀬井裕子(編集部)、松島拡
隅田川沿いに建つ、中央部に巨大な穴の空いた“凱旋門型” 20階建て複合ビル。ビックタウンは、手狭になった同ビルロビーフロアから、より広い1階へと移転したばかりだ。
2003年の創設以降、eコマースに特化したインターネット広告販売やコンサルティング、モバイルメディア運営などの分野で目覚ましい発展を遂げ、来期上場も視野に入れる同社。現在、月商は2億円に達する。事業部門と規模の拡張に次ぐ拡張によって、わずか4年の間に3度のオフィス移転を余儀なくされた。
「次のオフィスは、せめて2年はもたせたい」と冗談めかして語るのが、同社の発展をパワフルに牽引してきた、近藤勝俊代表取締役社長CEOである。
同氏は1971年、川崎市生まれ。父親の仕事の関係で、小学校から高校卒業までの8年間をロンドンで過ごした。帰国して日本の大学を卒業したのち、準大手証券会社に入社。その動機は明快だ。
「高校生のときに『ウォール街』(1987年)という映画を観た瞬間から、将来は証券会社に入ろうと決めました。白状すると、単に金持ちになりたかったんです」
入社後、同氏はすぐに頭角を現し、同期の中でトップの営業成績を残す。全店をあわせても、1000人中15位の好成績だった。しかし、挫折は意外に早くやってきた。
「完全に天狗の状態で、テレマーケティングのベンチャー企業に転職したんです。でも、それまで個人営業の経験しかなかったので、法人営業が全然うまくいかない。自信をなくしました」
打ちひしがれて証券業界に戻ったものの、当時はちょうどネットバブルが終わった時期。客からは責められ続け、またも転職を後悔するはめに。結局、わずか1年で退社した。2001年のことだ。
心機一転、同氏はIT企業の門を叩く。入社したのは仮想モール事業で急成長中の楽天。新規の営業部隊に配属され、ECコンサルティングを担当する。もちろん、インターネットショップの知識はゼロ。
顧客とのやりとりを通して、試行錯誤しながらノウハウを構築した。必死にもがくうち、「新人の集まり」「その他(の雑務をこなす)事業部」と周囲から揶揄された所属事業部が、いつの間にか楽天全体の広告の3分の2を売り上げるまでになっていた。
「広告だけでなく、メールマガジンの書き方、商品ページの作り方など、クライアントがあれこれと試して失敗した経験が、ノウハウとして蓄積されたんです。私の場合、広告を大量に販売したので、当初は失敗率が非常に高かったのですが、それでめげなかったのが幸いし、最終的には、失敗を重ねた顧客ほど伸びてくれました」
「昔から手先が器用。なんでも自分でやってみます。自分の髪を切るのは美容院より上手ですよ」と近藤社長しかし、一人で粗利5億円を稼いでも、雇われの身でそれ相応の給料を見込むことは難しい。起業精神に富み、自他ともに認める実力を身につけた同氏が独立を視野に入れ始めるようになったのは、当然の流れだった。
一方、楽天市場を見渡すと、流通額全体は右肩上がりであるものの、店舗数の増加によって、個別の店舗環境は厳しくなるばかり。それだけに、楽天から出て自分たちだけで店舗を運営したい、というニーズは増大していた。しかも当時、eコマースを専門に本格的なコンサルティングができるのは自分しかいないという近藤氏の自負もあった。
そうした状況を踏まえ、同氏は独立を決意する。顧客の一人で、楽天市場に出店していた店舗のオーナー、白石伸一氏(現監査役)と、フリーのシステムエンジニア、石川丈氏(現取締役副社長COO)の3人で、2003年5月、有限会社ビックタウンを設立。楽天時代に培った人脈とノウハウをベースに、モバイルインターネットを中心とした広告展開など、eコマース全般をトータルでサポートするコンサルティング事業を開始した。
楽天という大看板がなくなり、苦労もあっただろう、との問いに、近藤氏はさらりと答えた。
「正直いって、起業当初から経営はかなり楽でした。というのも、楽天時代のお客様が、私についてきてくれたからです。自信にも繋がりましたし、今でもお客様には非常に感謝しています」
もちろん、全く苦労がなかったわけではない。起業から1年、経営がある程度安定し、事業規模も拡大してきたころ、深刻な人材不足、特に営業マンの力量不足が明白となった。近藤氏なら1人でクリアできる営業目標を、3人がかりでも達成できない。自ら営業に出たい衝動に駆られるが、それでは人材は育たない。1年半の間、じっと耐えた。
結局、営業マンの育成や営業手法などの仕組みが整ったのは、2006年になってからのこと。サイボウズのwebデータベースツール「デヂエ」を使い、近藤氏自ら営業管理ツールを作成した。これにより、各営業マンの営業履歴がデータベース化され、担当交代に際しての引き継ぎの効率化や、情報の共有が可能となった。新規クライアントの獲得が増え、1カ月平均15件という営業マンも現れ始めた。
その間も同社は成長を続け、2005年5月には、会社組織を株式会社へと変更。起業当初は3人だった従業員数も、現在31人(うち営業10人)にまで膨れあがった。同社が成功を収めている理由について、近藤氏はこう分析する。
「eコマースで成功するには、3つの要素が不可欠です。最重要なのは、集客環境を作ることで、次に必要なのがシステム。ノウハウは実は三番目なんです。にもかかわらず、システムやノウハウしか持っていない状態でコンサルティング事業を立ち上げる企業が非常に多い。それでは絶対成功しません。我が社の強みは、集客環境とノウハウを持っていた点にあります」
そこにシステムを補完することで、実践的な“売れるECショップ”を作りあげることを可能とした。月間売り上げ500万円から1000万円で推移していた、楽天市場のとあるショップに対し、広告の出し方から商品ページの作り方、キャッチコピーなどのアドバイスをした結果、半年足らずで月間売り上げ6000万円へと成長させたこともある。
また、集客環境の整備と広告販売に力を発揮したのが、同社の運営するモバイル媒体だ。ECサイト側からの「会員を集めたい」という要望に応え、会員集めのためにモバイルメディアサイト「プレタウン」を設置。その後、「占いタウン」や「着メロタウン」など、次々とジャンルを増やし、各メディアにつき1万〜14万人の会員を獲得した。
さらに2005年4月、実践的なeコマースのノウハウ獲得を目的として、モバイルショッピングサイト「ShoppingTown」を立ち上げた。自社のeコマースで実際に成功した広告を提供することで、クライアントからさらなる信頼を獲得することに成功する。
「実際にeコマースをやっている人間の言葉は、顧客に対して説得力を持ちますからね。しかも、eコマースに関するノウハウは、1カ月前のものなど役に立たない。常に新しいものに変えていかなくてはならないんです。つまり我が社のeコマース事業は、ノウハウのインキュベーションセンターなんです」
こうしてみると、ビックタウンの事業は、すべてクライアントのニーズから自然発生したものばかりで、“頭をひねって考えた”という無理矢理感が一切ない。成功の秘訣は、まさにその一点に尽きるのではないか。近藤氏はいう。
「学生の時分から、何か事業を始めたい、と考えてはいましたが、当時具体的なアイディアは全く思い浮かばなかった。需要があってはじめて事業として成立するのであって、ひねり出そうとしても無理なんです。こういうことをやりたい、という甘い理想から事業を始める人もいますが、その多くは儲からず失敗している。お金を稼ぐ手段は、理想からは生まれないんですよ。私は『お金が欲しい』からスタートして、その目標を達成する唯一の道が『お客様と私の双方が儲かること』、すなわち『お客様のニーズを事業化すること』だと悟ったんです」
その点に関しては、今年に入り新たに立ち上げた人材派遣事業も同様だ。ビックタウンの各事業部門が、全て平均した伸びを記録していることも、近藤社長の信念を端的に表した現象といえよう。
モバイルのeコマース市場の急成長に伴い、競争は激化する一方だが、「いわゆる競合他社といわれるライバルはいない」と豪語する近藤社長。モバイルメディア会員数の伸び悩みや、モバイルへの依存度の高まり、PC向け広告の発掘など、いくつかの課題を挙げた同氏が、「目下最大の悩み」と打ち明けたのが、システム開発面での人材不足だ。
「採用活動に力を入れていますが、なかなかいいシステムエンジニアに巡り会えない。我が社は一見IT企業ですが、実は営業会社なんですよね」
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