VENTURE VIEW

A CNET SITE CNET Japan

 歌を歌うコンピュータ、仮想歌手「初音ミク」が注目されている。

 音楽制作ソフトである「初音ミク」は、発売後2カ月弱で音楽制作ソフトとしては異例の1万5000本を販売。民間企業の調査によれば、音楽制作ソフトの販売数量シェアで6割を超えるという状況だ。

 限りなく人の歌声に近いという商品としての質の高さに加え、これを使った楽曲が日々ネット上で発表され注目を集めていることも、新たなネット活用の可能性を示した事例として話題を集めている。

 ただ、この仮想歌手という存在には賛否両論あり、一部の報道機関では誹謗中傷とも受け止められる番組を放送。「初音ミク」の利用者やそれを支持する人たちからの反発を招いた。

 仮想歌手はどのような経緯で生まれ、何を目指しているのか。また、この商品を生み出した経営者像とは――。クリプトン・フューチャー・メディア代表取締役である伊藤博之氏に、「初音ミク」にかける想いを聞いた。

自分の作品を世界の人たちに聞いてもらいたい

--起業するまでの経緯について教えて下さい。

 大学卒業後、6年ほど勤務した大学の職員を経て、1995年にクリプトン・フューチャー・メディアを設立しました。

 一言で言うと、当社は「音」に関する商品を扱う会社です。

 わたしはもともと、学生時代からコンピュータミュージックに興味があり、自分で音や曲を作っては友人たちに聞いてもらうというようなことをしていました。しかし、それでは聞いてもらえる人たちが限定されてしまうので、「何か物足りない」と常々感じていた状況だったんです。

 そんな時にたまたま書店で、欧米のレコーディング系雑誌では自主制作した音や楽曲の個人広告が出稿されているということを知りました。別にこれを見てビジネスの着想を得たというわけではありません。ただ単純に、「これであれば自分が作ったものをさまざまな人たちに聞いてもらえる」と感じ、「自分もやってみよう」と思ったんです。

 実際に始めてみると、数は少ないのですが、世界中から「この音を使ってみたい」という手紙ベースの注文を受けるようになりました。また逆に、「日本で自分の作った音を売ってもらいたい」というような提案も来るようになり、その提案に軽い気持ちでのってみたのですが、これが思いのほかうまくいきました。

 その後、大学の職員が堂々と副業をしているわけにもいかないですし、一度始めたことを途中で放り投げる気にもなれなかったので、会社を設立しようと決断しました。コンピュータミュージックが大きく進化を遂げている時期でもあったので、純粋に「やってみたい」という気持ちも強かったです。

--設立当初はどのような事業を展開されていたのですか。

 ギターやドラムなど楽器の音、テレビや映画で使う効果音の素材を多数まとめたCDを販売しました。これは需要が限られていて、ニッチなマーケットです。しかし、2000年くらいの段階で海外を含めたネットワークから50〜60万件の素材を集めて蓄積し、お客様の注文内容に対して即座に回答するための社内検索エンジンを開発して導入するなど「音の素材ではどこにも負けない」というポリシーで事業展開していきました。

 ただ、これだけではマーケットが小さいので、広く一般のBtoCビジネスも手がけたいと考えていたところ、ネット接続機能を搭載した携帯電話が登場してきました。ここであれば「音」を生かしたBtoC展開が可能だろうと考え、2001年頃から「着メロ」のように音の素材を配信して着信音などに使ってもらうというビジネスを開始しました。

 現時点で3キャリアの公式サイトに対応しており、利用者は約30万人で売り上げの半分程度を占めるビジネスへと成長しました。

歌を歌うコンピュータ

--話題の音楽ソフト「初音ミク」に至る経緯を教えて下さい。

 2000年頃からさまざまな音をコンピュータ上で演奏処理するソフト「ヴァーチャル・インストゥルメント」の技術が発展していきました。すでに「映画で流れるある楽器の演奏に感動した」と思ったとき、それは人が演奏したものではなく、コンピュータが演奏したものかもしれないというレベルにまできています。

 こうしたソフトが注目され、音楽業界関係者に浸透していく中で、ヴァーチャル・インストゥルメントのソフトを自社で開発したり、海外から輸入してきて販売する、というビジネスも開始しました。

 しかし、音というのは楽器などの音や効果音だけではなく、人の声というのも音です。ですから、コンピュータ上で楽器演奏させることができるのであれば、歌を歌わせることもコンピュータ上でできるのではないかと。

 そう考えているときに、ヤマハがそれを実現させるためのエンジン「VOCALOID」の技術開発を始めていました。それをベースに、人の声を録音してさまざまな調整を加えたデータベース構築を経て、ヴァーチャル・シンガーとなる「MEIKO」を2004年11月に発売しました。

 ただ、人間というのは人の声に敏感で、たとえ音の波形は人とコンピュータが同じであっても、違和感を感じてしまうほどシビアなセンサーを持っています。ですから、「MEIKO」のときはまだ機械っぽさが指摘される面もありましたが、それでもコンピュータミュージックとしてはヒット商品と言える約4000個を販売しました。

 この経験を通じ、人が聞いても可能な限り違和感を感じないように調整したのが、ヤマハが2007年1月に完成させた「VOCALOID2」であり、そのエンジンを使ったのが「初音ミク」となります。

自由は不自由

--「初音ミク」は発売から2カ月弱で1万5000本以上売れており、2万本の大台も見えています。前作と比べ、機能向上以外でヒットした理由を教えて下さい。

 まず、プロの音楽家は実際の人間の歌声と比べて利用するかどうかを判断されるので、当初からプロシューマたちに商品を訴求していくべきだと考えていたことが挙げられます。

 その具体策として、こうしたニッチな商品を効果的に認知してもらうためには、ネットを通じて商品を作っていく過程を出していく戦略がいいだろうと判断しました。前作のときと異なり、ブログも普及していたことから、当社のブログを通じて「人間があれこれ考えながら商品を作っている」ということを前面に出していったわけです。

 また、今回はきちんとキャラクター設定を行いました。なぜかというと、自由は不自由だと考えているからです。

 人間というのはある程度の制限を設けてあげないと、そこで何をしたらいいのか分からないと思うんです。例えば、砂漠に置き去りにされて「好きなところに行っていいよ」と言われるようなイメージです。目印がなければ、どこに行ったらいいか分からないですよね。

 ですから、見た目のイメージや年齢・体重などといったある程度のキャラクターの情報を提示することで、それが弊社のプロダクションと利用者のクリエイションがマッチするための目印になったと思うんです。この目印があったからこそ、歌を歌わせるのはもちろん、そこに画像や動画なども加わり、利用者たちの手によってキャラクターの深みが増し、さらにさまざまな歌を歌わせるという好循環に向かったのではないでしょうか。

 正直、コンピュータに歌を歌わせることがこれほど一般の人たちに響くというのは、新鮮に驚きです。ヴァーチャル・シンガーはヴァーチャル・インストゥルメントの延長線上にあるわけですが、一般の人たちを含めて、この分野がこれほどの興味を持って受け入れられたということはなかったと思います。

--成功のポイントはブログと利用者の協力ということですか。

 人間はそもそもプロシューマだと思うんです。原始時代から、自分たちでモノを作り、消費しているわけですから。しかし、個人ですべてを行うのは効率が悪いので、分業が進み、都市が形成され、経済システムが構築されました。

 ただ、この一連の人間社会の発展は、CGM(消費者生成メディア)の登場で折れ曲がったような印象を持っています。そもそもプロシューマだった人間が、生産者と消費者に分かれ、なぜかそこには大きな溝までできてしまっています。

 その違和感が顕在化し始めており、CGMの登場をきっかけとして、人類の歴史をさかのぼるというような動きが生まれているのではないでしょうか。例えば、著作権というテーマで考えれば、「クリエイティブコモンズ」のようなものができ、生産者と消費者の切り分けを気にせずに著作物を活用していこうというような流れです。

 こうした流れは都市の見直し、さらには経済システムの見直しというところまで進むのではないでしょうか。おそらくCGMの本質は、「みんなで何かを作って楽しいよね」というところにあるのではなく、社会全体の在り方を変えていくというところにあると、わたしは思っています。

「ネットの住人が勝った」

--今後の事業展開について教えて下さい。

 当社の立ち位置はメタクリエータだと考えています。つまり、クリエータとは絵を描く人も音楽を作る人も文章を書く人もすべてクリエータだと思うのですが、こうしたクリエータが創作しやすい環境を生み出すということです。

 「初音ミク」もそうですし、音楽家や声優などに向けて録音した楽曲や自分の声をブログに貼り付けたりQRコードにして名刺に貼り付けるサービス「VOON」もそうです。こうしたCGMの加速を後押しするサービスを提供していくことで、会社としての収益性向上ありきではなく、利用者に喜んでもらった結果、間接的に収益が付いてくるという「収穫を採る」という考え方でビジネス展開していきたいと考えています。

 また、音楽活動をしている人のほとんどは、本質的にはお金を儲けたいから音楽をしているわけではなく、音楽が好きで、自分が作った音楽を人に認めてもらいたいから音楽活動をしているんだと思うんです。ですから、儲かるか否かという評価軸のプロの音楽業界に是が非でも入ろうと考えるのではなく、ネット上でも音楽活動をする根っこの欲求は満たせるという環境を、作っていきたいという思いもあります。

--CGMを加速させていきたいという思いの一方で、東京放送(TBS)がバラエティー番組内で取り上げた「初音ミク」の放送は、批判とも誹謗中傷とも受け止められる内容でした。率直な感想をお聞かせ下さい。

 結局のところ、「ネットの住人が勝った」と感じています。たとえ影響力が高いテレビで報道されたとしても、偏見めいた内容はネットを通じた民意により調整しうるということを実感できたからです。

 今回の件を通じて、人は本質的に事実を知りたがっているだけではなく、伝えたがってもいるということも改めて分かりました。ネット社会においてはすでに、報道機関も政治家も、常にその行動の是非を問われる環境になったと思っています。

--すべてのCGMに言えることですが、著作権という問題があり、これを無視したコンテンツが多数見受けられるという、目下の課題もあります。

 確かに、そういった課題はあります。ただし、あるギタリストが著作権違反をしていたとしても、使われたギターのメーカーに罪が問われるということはありませんよね。「初音ミク」もそれと同じことだと思っています。後は使っていただく方のモラルの問題としか言えません。それと先ほど触れた、現行の著作権ビジネスが今の時流に合っているのかどうかという問題もあるかと思います。

 ただ、そういった問題の一方で、非常に質の高いオリジナル曲も多数、制作していただいております。こうした質の高いものがどんどん増えていき、それが新しい秩序を作り、モラルの問題を是正していくということも、CGMの世界では起こりうることだと考えています。

--直近では「初音ミク」を含め3キャラクターを発売する予定ですが、それぞれどのようなコンセプトで作られているのですか。

 それはちょっと(笑)。ただ、12月末に発売する次回作は11月の上旬から告知していく予定なので、それまでお待ちいただければ。

訂正

 TBSの「初音ミク」に関する放送内容に言及したくだりで、TBSが謝罪のコメントを発表したと記載しましたが、事実と異なるため削除しました。お詫びして訂正します。

追記

 改めてTBSに「初音ミク」の放送についてコメントを求めたところ、「謝罪のコメントを出す予定はない。具体的にどの辺が問題なのか指摘してもらいたい」とした。

 TBSは10月14日、「アッコにおまかせ」の放送の中で「初音ミク」を紹介。商品の内容よりも利用者の言動に注目し、番組終了間際には職業差別とも取れるTBS側のコメントがあったとして、ネット上で批判が相次いでいた。

 これを受けてクリプトン・フューチャー・メディアは10月15日、自社のブログで「10月14日のテレビ放映に関しましてご報告とお詫び」とのコメントを出していた。