2007年6月14日 14時45分
インタビュー:永井美智子(編集部)
文:加藤さこ
携帯電話で3D画像を動かすためのミドルウェアを開発、提供をしているエイチアイが4月12日、ジャスダック証券取引所に上場した。同社のミドルウェア「MascotCapsule」は国内の主要キャリアだけでなく海外の端末メーカーにも採用されており、搭載端末は全世界で2億台を超える。
1989年の創業から19年目を迎えたこのタイミングで上場した意図とは何なのか。株式上場までの道のり、そして今後の事業戦略を代表取締役社長の川端一生氏に聞いた。
実は5年前から意識はしていました。当初は2005年に上場を予定していたのですが、赤字を出してしまって上場は見送り。いわば「浪人」してしまったわけです(笑)。赤字の原因は、海外展開に力を入れ始め、採用されるかわからないのにMascotCapsuleで動かせるコンテンツを自社の費用で大量に作ってしまったことでした。結局、この期にほとんど売上があがらず、その期は先行投資で終わってしまいました。また、企業のシステムエンジニアを対象に行っていたセミナー事業をやめたため、売上が落ち込んでしまいました。
それから、当社は受託開発から始まった会社で、それまで会計処理が受託型だったんですね。3Dエンジンの開発費もずっと資産として計上していたんです。ただ、その頃にはライセンス収入が中心になっていましたので、見込み型の処理に変えようということで、研究開発費用として処理するようにしました。当時1億7000万円くらい償却しています。おかげでバランスシートが軽くなり、利益が出やすい体質に変わりました。その結果、今年の4月に上場を実現させることができました。
社歴も長く、このままでも十分やっていける状況なので、社会的信用度としての上場は必要ありません。しかし、ここから次の一手を打つため、もっと面白いことをやるために必要でした。
上場の一番の目的は、人材獲得です。私は社員を中途採用する際、どこでエイチアイという会社を知ったか質問しているのですが、転職サイトなどで本気で転職先を探しはじめるまでエイチアイを知らなかった人がほとんどでした。つまり、転職を考える前の潜在的な時期の知名度は低いわけです。この面接時の質問によって、優れた人材を獲得するために会社の知名度を上げることが必要だと実感しました。
もう1つの狙いは資金調達です。これまでは私個人の保証で融資を受けていたのですが、今後の事業拡大のためにはエイチアイが率先してコンテンツ市場を作っていく必要性も出てくるでしょう。そのための資金調達は、個人保証では無理があります。
この先、エイチアイならではのサービス、製品で消費者にリーチしていきたいという思いが全社的にあります。上場していると知名度が上がりますし、ジャスダックの審査を通ったクリーンで安心できる会社だというアピールにもになります。
長い社歴の中で培ってきた暗黙知も多くあります。それを明文化し、ルールができているか、会議の議事録は取っているかなど、確認していくのが大変でした。上場を見据えて準備をしながら会社を運営している場合は楽かもしれませんが、社歴が長い会社の方が苦労する点は多いですね。
上場前に機関投資家まわり(ロードショー)を行い、午前9時前にディーリングルームに向かいました。取引の模様が映る大きなディスプレイに初値が表示されたとき、同行した幹部は喜んでいました。私は初値が付いたあと、取引によってめまぐるしく数値が変わっていくのを見て、経済メカニズムの一部に取り込まれてしまったなという感触を持ちました。このとき、経営を真摯にやらなければという意識を改めて強く持ちました。
エイチアイは1989年の4月に創業しました。創業者は私ではなく、私が仕事を通じて知り合った慶應義塾大学の学生でした。しかし、学業が忙しいという理由ですぐに経営を退いたため、私が引き受けました。
創業当時は、オープン系と呼ばれていたワークステーションやPCに関わるシステムの受託開発が中心でした。また、プログラミングには自信があったので、企業のエンジニアを対象としたセミナー業務も行っていました。
PC上でのコミュニケーションのサポート、ユーザーインターフェースへのこだわりは、創業時から持っていました。
コンピュータには無限の可能性を感じていたものの、その使いにくさのためにフラストレーションを感じていました。社名の「エイチアイ」には、ソフトウェアの存在を感じさせないくらい気軽に使えるものにしていきたいという思いを込めています。「ヒューマン・インターフェース(Human Interface)」の頭文字を取ったもので、PCに気楽に向かうという意味で挨拶の「ハーイ(Hi)」から名づけました。
私はNECの子会社である関西日本電気ソフトウェアに入社して、NEC東京本社に2年出向したのですが、そのとき、インターユーザーフェースのパートを担当し、毎日どんなユーザーインターフェースが良いのか考えていた時期がありました。そのため、エイチアイ創業時から人と人とのコミュニケーションとPC上でのコミュニケーションの違いに着目していました。
PC上でのコミュニケーションは文章が主体になります。一方、人と人が対面するコミュニケーションは、言葉で伝える部分はほんの一部。身振り手振り、言葉の抑揚、顔の表情など、さまざまな感覚をフルに活用して伝えようとしているわけです。これをPCに持ち込むことはできないかと考え、「感覚」に代わるものとしてマスコットを登場させることを思いつきました。
1994年頃から経営にゆとりが出てきて、PCのデスクトップ上に3Dのマスコットキャラクターが出てきて動くというリアルタイム描画エンジンの開発に着手していきました。
当時のPCは処理速度が非常に遅かったので、ソフトウェアだけで3Dレンダリングをやるのは難しいという声もありました。しかし、工夫して3Dエンジン「MascotCapsule」のPC版を開発し、デスクトップ上に犬が飼える「Dear Dog」や3Dのキャラクターが動き回る「Desktop Character」など、さまざまなソフトを作りました。その後、ゲームのインターフェースに面白さを見出し、1995年からゲームの開発へシフトしていきました。ゲーム業界の主要な方とはこの時期から仲良くなり、関係を深めていきました。今も密接な関係を築いています。
1999年にiモードが登場し、処理速度の速い携帯電話が登場しました。この頃の携帯電話のCPUは24MHz程度。1994〜1995年頃のPCが33MHzくらいなので、PC版で最初に作ったマスコットが携帯電話で動かせるのではという考えに至り、開発に着手しました。そして2001年、J-フォンのJ-SH07に採用され、携帯電話初の3Dグラフィックソリューションエンジンとしてデビューしました。ここから一気に事業は携帯電話向けにシフトし、ゲームの開発もゲーム機向けからモバイル向けになりました。
現在は、MascotCapsuleのライセンス販売が主力ビジネスになっています。MascotCapsuleを搭載している携帯電話端末の出荷台数に応じたライセンス料を得るというモデルです。その他に、コンテンツプロバイダーと共同で3Dを使ったコンテンツやサービスを開発したり、機器にMascotCapsuleを搭載する際にコンサルティングをしたりして収益を得ています。
このように、エイチアイは3D技術だけでなく、コンテンツ開発をはじめとしたサービスに対しても真剣に取り組んでいます。技術だけでは、それを使ってどんなサービスが展開できるかを描ききれなくなる可能性があります。しかし、エイチアイはゲーム会社から単に開発を受託するだけでなく、エイチアイの技術を使ってどんなことができるか、売上を伸ばすにはどういうビジネスモデルが良いかという提案までをしています。これは技術とサービスの両方をわかっているからできることなんです。
現状、売上の内訳はライセンス販売が7割、アプリケーション開発が3割と、圧倒的にライセンス販売が多いのですが、今後はアプリケーション開発での売上を伸ばしていく予定です。
携帯電話の買い替えサイクルは、今後長期化していくでしょう。買い替えサイクルがだんだん長くなって新しい端末が売れなくなれば、ライセンス料を得られなくなってきてしまいます。この問題を解決するためにも、アプリケーション開発からの収入は、非常に重要になってくるわけです。
たとえば、ある技術を用いてエイチアイが提案した「仕掛け」が広告のリーチ率を高めた場合、広告売上の一部を得るのは可能だと思います。このように、アプリケーション開発についても収入源を多様化させていきたいと思っています。
上場後、サービス事業者からの問い合わせが非常に増えています。サービス事業者はエンジニアリングのプロではないので、技術者との連携は不可欠です。サービスにも明るく、ビジネスモデルを含めた提案ができる、これがエイチアイの強みになります。
まずは海外の業績を伸ばすこと。すでに売上の25%は海外から得ていますが、今後、携帯電話の高機能化により、さらにコンテンツ市場は急速に拡大していくでしょう。海外展開においては、いかにコンテンツ市場を盛り上げていくかが鍵になります。海外のゲーム会社と連携して3Dコンテンツ市場を確立することでMascotCapsuleの浸透を図っていきます。
競合となる企業は国内にはありませんが、海外では現在、2社あります。しかし、いずれも処理速度の高い端末でなければ満足に動きません。エイチアイは高機能でない端末でも動くエンジンを持っているので、それが他社との差をつける強い力になります。
もうひとつの大きな戦略としては、ビジュアルエージェントの世界を作っていくことが挙げられます。一般的にはコンシェルジュといった方が分かりやすいですね。現在は、たとえば電話がかかってくると3Dのマスコットが表示されるといったものですが、これをさらに進化させて、マスコットが情報を伝えてくれたり、自分の代わりに何かやってくれるというものにしていきます。
ビジュアルエージェントの世界を「缶コーヒーの買い方」を例にして説明してみましょう。これまでは、缶コーヒーを買うためには自分でお金を持って自動販売機のところに行き、お金を投入して銘柄を選ぶ必要がありました。これがエージェントの世界になると、自販機がどこにあるか知らなくてもよくなり、好みを伝えれば銘柄指定も必要ありません。お勧め品を買ってこさせることも可能です。つまり、PCや携帯電話でアプリケーションの存在や使い方を知らなくても、目的が明確であれば実行できるようになるわけです。
携帯電話の世界では、ディー・エヌ・エーの「モバゲータウン」のように、一般サイトがポータル化して市場を牽引する時代が来ています。サービスに強い技術会社のエイチアイは、そういった企業に技術を提供し、サービスの高度化に貢献していくことができます。OSなどの大がかりななものを作ることは、現在のところ考えていません。便利に使えて面白いものに目を向け、今までなかったものを生み出すべく、さまざまなプロトタイプを作ってきます。小さく生んで、大きく育てていく方針です。
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