2006年10月11日 13時38分
インタビュー:西田隆一(編集部)
文:榊原大輔
かつて、電脳隊という会社があった。1996年に5人の学生によって設立された会社で、モバイルのコンテンツ、アプリケーション、ソリューションを提供していた。電脳隊は、自らが創設した子会社であるピー・アイ・エムと2000年に合併。そのピー・アイ・エムはヤフーがほどなく買収し、電脳隊やピー・アイ・エムのコンテンツはYahoo! モバイル内で提供されることになった。
ヤフーへの売却により、電脳隊の創業社長だった田中祐介氏はベンチャー企業の経営者としてひとつの「区切り」を迎えた。
しかし田中氏は、2000年6月に新会社であるフラクタリストを設立(当時はフラクタルコミュニケーションズ)、現在はネットワーク機器のミドルウェアである「NomadicNode」の提供をはじめとして、モバイルなどネットワーク関連の事業を幅広く展開している。そしてその範囲は、日本国内だけではなく、中国、北米と国境をまたいだものとなっている。
そのフラクタリストは10月11日、名古屋証券取引所セントレックスに上場した。ここで資金を調達した意図はどこにあったのだろうか。また、田中氏の10年にわたるベンチャー企業での活動を支えているものは何なのだろうか。
当社は、インターネットの利便性をできるだけ高めるということを理念に事業を展開してきました。現在の大きな事業の柱は2つあります。携帯電話を利用したサービスを提供する企業をサポートするモバイル事業、そしてインターネットを経由して情報端末を連携させるための要素技術を提供するNomadicNode事業です。今回得た資金は、主にNomadicNode事業に投資します。
NomadicNodeは、インターネットを介して情報機器をほかの機器と連携させるためのミドルウェアです。これを情報機器に組み込むと、プライベートIPアドレスしか割り振られていない情報機器でも、外部ネットワークから安全に接続して遠隔操作したり、コンテンツを引き出したりということが容易にできるようになります。当社はミドルウェアを提供する企業ですので、NomadicNodeを組み込んだ機器そのものは、機器を開発する各社からの販売ということになります。
今使われている具体例を言えば、一番分かりやすいのが監視カメラですね。携帯電話からIPビデオカメラの映像を見るといった用途で使われています。また、業務用のIP電話でも使われていますね。IP-PBX(IP電話の企業内の交換機器)の導入にあたって、既存のネットワーク資源をそのまま有効に使いたいといった企業に興味を持ってもらっています。
ええ、PC関連機器やネット家電、IP電話などが代表的です。
まず、NomadicNodeを搭載する一般消費者向けのPC関連機器は、年末から年明けには市場に出てくる予定です。メーカーに働きかけており、いま開発が進んでいるところですね。
ネット家電のコンセプトを打ち出している企業にも、打診を続けています。私たちは「NAT越え問題」と呼んでいるのですが、現行のインターネットの仕組み上、外部からプライベートIPアドレスを持つ機器にはアクセスが非常にしにくい。この問題を解決できる仕組みとして、家電メーカーにNomadicNodeを検証してもらえるように働きかけています。
ネット家電にNomadicNodeが搭載されると、例えばHDDレコーダーであれば、携帯電話からHDDレコーダーを操作したり、撮りためておいたコンテンツを閲覧できたりします。
NomadicNodeのネット家電展開には、2つの段階があると考えています。
家電メーカーは1年半後をにらんで新製品を開発しています。ですから、今の時点で研究開発に使ってもらっても、市場に出てくるにはそれなりの時間がかかります。一方、ルータに搭載するのは簡単です。そしてNomadicNode搭載ルータに繋がったネット家電はすべて、外部ネットワークから扱えるようになります。
ですから、まずはルータへの搭載を進め、その後家電製品にも組み込む形になるでしょう。後者の段階になるとNAT越え問題は自動的に解決しているということになります。
特殊なのがIP電話ですね。特に持ち歩けるタイプのIP電話に関しては、自宅や公衆無線LANスポット、友人の家など、さまざまなところで使われる可能性があります。場所ごとにネットワークの設定をするのは大変ですから、IP電話の機能をフルに使うためにはNomadicNodeの機能が必要になると考えています。
そこで、インテルのチップ上で支援を受けながら、 NomadicNode搭載の無線LAN搭載電話端末のレファレンスデザインを作りました。次は、このレファレンスデザインを携帯電話端末メーカーに利用してもらえるよう働きかける局面になると思います。携帯電話網と無線LANとのデュアル端末を作るときに、このレファレンスデザインを使用してもらえると良いなと考えています。
確かに、当社の主軸の1つであるモバイル事業では、携帯電話向けのサイト構築、運営などを手がけています。
ただ、本質的なところに立ち返れば、ネットワークをいつでもどこでも簡単に最大限に活用できるようにしていくのが当社の役割だと考えています。インフラ部分に問題があるなら、そこをやる。ユーザーの利用シーンに問題があるなら、そこを解決する。「この技術に特化します」という会社にするつもりはあまりないですね。
NomadicNode事業は「ネットワークがすべてIP化した社会で、出先の携帯端末から自宅の機器を自由自在に使えるようにできたら便利で面白いよね」というところを突き詰めたら、通信のコア技術の開発に到達したということなんですよ。
まず、なぜ中国か?という話から進めますね。当社は大きな価値のあるソフトやサービスを、より多くの人に使ってもらいたいと考えています。その観点から、中長期に考えると中国市場は外せないんです。
日本の携帯電話市場には8000万のユーザーがいます。おそらく、世界最先端の市場でしょう。しかし、ユーザー数で言うなら、中国は4億人と圧倒的な規模です。すでに、携帯電話端末の分野では、中国市場でトップシェアを取った企業が世界市場でも勝つという状況になってきています。例えば、Samsung Electronicsは中国市場で大きなシェアを取ったことで、世界市場でも大きなポジションを取れたわけです。
モバイル領域のソフトウェア分野も間違いなく同じことが起きるでしょう。そう考えると、当社の柱であるモバイル事業とNomadicNode事業の展開に向けた足がかりを作っておくためにも、中国でビジネスをできる状況を作っておく必要があったのです。
中国市場には、2001年くらいから興味を持っていました。ただそのとき、コンテンツサービスはやめようと判断しました。日本のコンテンツを持っていっても、市場や文化が違うからうまく行かないだろうと考えたのです。また、当時の中国における携帯電話の技術水準は、まだショートメッセージングサービスが流行しているレベルでした。日本の最先端技術を持っていくのは、少し時期尚早だろうという気がしました。
そこで、現在中国で行っている事業--モバイルマーケティング事業に踏み出したんです。サイトや店舗に集客したい、商品の販売促進活動をしたいというニーズはどこにでもあります。これをモバイルを使って行う。
たとえば、ショートメッセージを使ったシリアルキャンペーンがあります。製品にシリアルナンバーを入れておいて、それをショートメッセージを使って携帯電話から送ってもらうと、簡単なゲームに参加できるといったものですね。当社は、日本でもモバイルマーケティング事業を展開していましたから、そこで得た各種のノウハウを流用できると考えたのです。
さらに、日本の市場も研究しました。日本のモバイルマーケティングで成功している会社はどんなモデルを使っているだろうかと。調べていくと、キャリアが運営するポータル、つまりトラフィックのあるところに広告を配信するメディアレップのモデルが一番成功しているなと分かったのです。そこで、これを中国で展開してみようと考えました。
販促のソリューションを提供しているうちに、一緒に仕事をしていた中国移動通信(China Mobile:2億7000万ユーザーを持つ、中国ナンバー1の携帯電話事業者。これは、世界最多のモバイルユーザー数でもある)と組んで、このキャリアレップ事業展開できることになりました。
NTTドコモで言えば「i-mode」というサービスに対応するような「移動夢網( Monternet)」というChina Mobileのサービスがあるのですが、これを広告媒体化して一緒に売りませんかと持ちかけてみたのです。2005年暮れにライセンスを取得しました。現在、中国での中核事業は、モンターネットのキャリアレップです。これはChina Mobileとの共同事業です。
もちろん積極的に考えています。現在は、北米でベンチャー企業に少しずつ採用され始めています。中長期的には現地拠点を作り、ミドルウェアを北米企業に提供していくことも検討しています。
コア技術は社内で開発していますね。インテグレーションなどは外部技術者に参加してもらうこともあります。
会社内での私の仕事は、アイデアを出して会社のビジョンを固めることですね。例えば、「すべてがIPネットワークでつながる世界はどうあるべきか?」などといった大きな方向性を考え、そこからの事業展開を考えていきます。個々のサービスに関するアイデアは現場からあがってきたものを積極的に採用し、製品化につなげています。私は技術者ではありませんので、将来を見据えて新しい技術を発掘するのが役割といったところですね。
今回上場を果たしたものの、まだ会社の規模も小さく、成功したという感覚はないんです。まだ後ろを振り返って、起業をどうこう語れるということはないのですけれど・・・しいて言うなら、1996年からインターネットの成長の波に乗れたこと。これは大きいですよね。
また、オンリーワンであることにこだわり、社会的に価値はあるけれども他社がやらなさそうなところに目を向けてきた事でしょうか。もちろん、それで市場に残れるとは限らないですけれども。
独立意識は強いでしょうね。ヤフーに残っていれば、経済的なメリットは大きかったんだろうとは思うんです(笑)。でも、向いてなかっただろうとも思うんですよ。
新しいビジネスシードを見つけて、インキュベーションしていく。私の場合、やりたい思いや情熱が、そちらに向いているんです。自分の持ち味は、会社のスキームを超えて何かを創造していくためのチームを作るところにあると思っています。
電脳隊でピー・アイ・エムの発足を働きかけたときもそうですね。イエルネット(当時。2002年11月30日で業務停止)をはじめとして、いろいろな企業や投資家を集めて会社を作ったわけですから。ビジネスの「最初のひところがし」が得意なんだと思います。
ひるがえって現状を考えてみると、このフラクタリストという会社も規模が大きくなってきて、「最初のひところがし」では通用しなくなる局面に入ってきた。そういう意味では、この会社も私も、今からが正念場なのだと思っています。
電脳隊はピー・アイ・エムと合併し、ピー・アイ・エムはヤフーが買ってくれた。「倒産せずにヤフーに売れたね、良かったね」という事になったのですけれど、逆を言えば継続した成長企業にはなれなかったわけですよ。
その当時、次のことを考えた私は、「今度はすぐに売却せず、腰をすえて会社を作ろう」と思った。これが、今のフラクタリストです。
実は、電脳隊とピー・アイ・エムは、「技術」と「サービス」という関係なんです。電脳隊がモバイルインターネットのインフラ普及を支援し、それができたので、ピー・アイ・エムでサービスを展開しようと考えました。
フラクタリストも同じです。現在は通信関連のコア技術を中心に据えていますが、そのコア技術を活用した、便利なサービスを提供していくための方策は、絶えず模索しています。どういう形でサービスレイヤに関わっていくのが最適なのかという点も含め、現在は多方面でのあり方を模索しているところですね。
サービス事業を展開する場合には、現在当社が取り組んでいるモバイル事業やNomadicNode事業で培った技術が生きてくるだろうと考えています。NomadicNodeの技術で構築したネットワークの上で、モバイル事業で開発をしたソフトウェアを動かす。その上に、生活に密着したコンテンツや情報の流通、サービスの提供、広告の配信といったことが起こる。
世の中の大きな動きを予測して必要な技術を開発し、それを普及させるためのサービスを展開する--このやり方が正しいのかどうかは分からないし、その答えはないと思います。ただ、いずれにせよ、技術は使ってもらえることが肝心です。また、それが業績を上げるための方法だとも思っています。技術が普及した時点でその技術を生かしたサービスを展開するというビジネスモデルにすることが大切ですね。
コア技術を持っている会社というのは、実は結構たくさんあります。けれども、その業績には差がある。比べてみると、途中でビジネスモデルを転換できたかどうかで大きな差が出ています。お手本はGoogleですね。Googleは検索エンジン技術から事業を始め、現在はその技術をベースとした検索連動型広告で大きな収益を得ているわけです。
フラクタリストはこういった戦略が取れるような競争力のある企業になりたいと思っています。日本にはあまり多くないタイプの企業かもしれませんが、挑戦していくつもりです。
NomadicNode事業は年率50%成長、モバイル事業は市場成長と同じ同20%成長を目指しています。また、ここに新規事業が加われば、5年以内に売上高が10億円規模になる可能性もあります。
キラーコンテンツになるだろうというサービスのイメージはいくつか見えているのですが、これらは企業秘密です(笑)。ただ、その中にはNomadicNodeを使っていくものもあるでしょうね。
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