2006年6月22日 13時20分
構成:西田隆一(編集部)
写真:梅野隆児(ルーピクスデザイン)
前編からの続き(掲載が遅れたことをお詫びいたします)。
小池:ライブドアに強制捜査が入った1月16日の出来事を教えてほしいんだけど。
田中:16日は、夕方に確か第一報が流れたんですよね。私は麹町の自分の事務所にいました。その時にうちの妻から連絡を受けて。
小池:最初の一報は奥さんから?
田中:そうです。
小池:それはニュースがばっと流れたときだね。それを見て奥さんから電話が掛かってきたんだ。
田中:そうです。「大丈夫?」と電話が掛かってきて、「何が?」と言ったら、「ライブドアに証券取引法違反で強制捜査が入るみたいよ」と言うから「えっ?」と言っていた。私もその時は全然わからなかったんです。強制捜査、証取法違反と言われても全然わからなくて、とりあえず事務所に戻って、そうしたらインターネットでだんだん情報が流れ初めました。いろいろな情報が錯綜していて状況がよくわからなかった。実際にはまだ捜査に入っていなかったんです。カメラだけヒルズの前に集結しているみたいな感じで、状況がよく飲み込めなくて、一応知り合いの新聞記者に電話しても、新聞記者も全然状況がわからないという感じで、これはもう事務所にいてもらちがあかないと思って、すぐにうちに帰ったんですよ。
うちに帰ってテレビをつけたら、もう実際に強制捜査に入っていたんですね。少しずつ様子がわかって、それで「なんとなくこういうことかな」みたいなものがあったわけです。その時は「自分はいろいろやったけど、やっぱりこれは遅かったんだな」と思いました。ある意味、懸念が現実になったという感じですね。
小池:なるほどね。それで事務所にも捜査があったんでしたっけ。
田中:次の日、17日です。16日に最初にそういう報道があって、次の日の火曜日の朝、うちは横浜に本部があるんですが、そこに集まれるパートナー4人で集まって当面の対応を検討しましょう、協議しましょうということで集まったんです。一応、マスコミの対応をどうしましょうかと話して、ランチをとりに行きました。
ランチをしているときに、麹町事務所にいる私の秘書から携帯電話があって、「田中さん、いま大丈夫ですか」と言うから、「何?」と聞いたら、「今、東京証券取引所の方がこちらにお見えになっています」と言うんです。「なんで東証が来るんだろう?」と思って電話を替わったら、東京地検特捜部だったんですよ(笑)。彼女は緊張して間違えたんです。「あ、やっぱりそうか」と思って、「いつか来るなとは思っていたけど予想より早いな」と思ったんです。
小池:翌日の17日の昼に入っていたわけですね。
田中:そうです。
小池:そこでどんなことを聞かれたの。
田中:麹町の事務所に戻ったら、そこは20坪ぐらいでとても狭いんですが、15人ぐらいの検事とか事務官とかSECの調査官とかが来ていて一生懸命やっていました。私が着いたところで、その事務官とSECの調査官に会議室に招かれて座ったんです。
そこで捜査令状を見せられたわけです。私はその16日の事件の一報に触れたときに「偽計取引」とか「風説の流布」といったことに疑問があったんです。確かに、法律を厳密に解釈すればそうなのかなと思うんですが、何か違和感があるし、そもそもそんなことで大々的に捜索するのかなと思ったわけです。
小池:別件だよね。
田中:私はそういうふうに疑っていたので、捜査令状に何て書いてあるのかなと思って一字一句読みました。そうしたら、前日に報道されている通りなんです。私は意外だったんですが、最後に被疑者の所に「株式会社ライブドア、ほか4名」と書いてあったんですよ。
私は前日からすごく不安で、前日は一睡もできなかったんです。ご飯も喉を通らなかったですし。けっこう不安の中にいて「この4人というのは、堀江さん、宮内さん、久野さん、僕?」とか思って(笑)。人間不安になるとどんどん悪いことを考えるんですよ。それで「すみません、この4人というのは?」と聞いたら、「それはいま言うことができないんですよ」と言われました。あまり大したことは聞かれなかったんですが、事務的な会話があって、そこは終わりました。
今度は特捜部の検事が入ってきて細かいことをいろいろ聞くんです。「事件の首謀者は誰だと思うか」とか、「ゼネラル・コンサルティング・ファームと港陽監査法人の関係はどうか」とか、「宮内さんと小林さんの関係はどうか」とか、あとは「こういう粉飾があるが、どういうふうに監査していましたか」「誰が考えたと思いますか」とか、そんなやり取りがありました。
小池:その時はもう地検特捜部はかなり裏を固めていましたか。
田中:かなりわかっていました。もうストーリーが全部できあがっていましたよ。だから、内偵でかなり調べているんだろうなと思って。だから私は絶対にすぐに堀江さんたちは逮捕されると思いました。
私自身はやましいことは一切ないんですけれども、やっぱり監査責任者としてサインしていますよね。前年はカネボウの会計士が逮捕されていますよね。もう絶対に逮捕されると思ったんですよ。それで、妻に悪いなと思いながら不安な夜を過ごしたんですが、ずっと気になっていたので、また特捜部の検事に聞いたんです。
多分、答えてくれないだろうなと思ったんだけれども、本当は「僕は逮捕されますか」と聞きたかったんだけど、ちょっと遠回しに「港陽監査法人に対する刑事責任の追及も視野に入っていますか」と聞いたら「それは捜査に協力してくれたらありません」と言われたんですよ。
小池:その特捜が入ってからライブドアには何回か行きましたか。
田中:私は行きましたね。
小池:ライブドアの逮捕された人たちとは、逮捕されるまでの間に何かミーティングをしたりしてたのかな。
田中:しないですね。
小池:それは接触してはいけないということ?
田中:それもなかったです。
小池:でも、普通、弁護士さんとか会計士さんとか集めて対策協議をしたりしないのかな。
田中:口裏を合わせるみたいな感じですか? 実際にそれはなかったんですよ。いや、もちろん、経営陣は集まったと思いますよ。われわれも弁護士を呼んで話しましたからね。それは別に「こういうふうに聞かれたらこういうふうに答えよう」とかじゃなくて、こういう状況だと今後の流れはどうなるかとか、そういうような話をしたんですよね。
小池:でも、最初は宮内さんは何か全部自分が(罪を)被るみたいな感じだったじゃないですか。
田中:そんな感じでしたよね。多分そういう気持ちもあった、ある意味で忠誠心みたいなものもあったんだと思うんです。
小池:なんで? あの忠誠心はどこから来ていたんだろうね。
田中:もともとはわからないですが、1つあるのはある意味、夢を共有しているみたいなものがあるんでしょうね。それこそ時価総額1兆円とかですね。ちょっとおもしろおかしくやろうとか、多分それは共有したんでしょうね。
ただ、2004年9月期に至ってライブドアはイーバンクと激しい一戦を交えましたよね。宮内さんは責任を感じて1回取締役を辞める意志を固めているんです。だけど、そのときに堀江さんが説得したようなんですよ。宮内さんは、そのときにすごくうれしくて恩義を感じたらしいんです。自分は堀江さんにこんなに必要とされていたのかと、そこですごく恩義を感じたみたいですよ。
田中慎一(たなか・しんいち)--
KPMGセンチュリー監査法人(現あずさ監査法人)で監査業務、株式公開支援業務、デューデリジェンス業務、パブリックセクターの民営化コンサルティング等を手がけた後、大和証券SMBC株式会社M&A部およびUBSウォーバーグ証券会社(現UBS証券)投資銀行部門でM&Aや資金調達に関するアドバイザリー業務に関与。その後、港陽監査法人のパートナーに就任し、主にベンチャー企業の株式公開支援業務を手がける。小池:なるほどね。でも、宮内さん以外の人たちは別にそんな義理も……。
田中:いやあ、そこはよくわからないんですよね。
小池:ファイナンスグループは、宮内さんが親分でみんなを引っ張ってきたようなところもあるのかな。
田中:そうですね。
小池:宮内さんへの忠誠心がけっこうみんなあったんだろうね。
田中:そうだと思います。
小池:実際にそれでも堀江さんを随分かばいながらやっていて、逮捕された瞬間、みんな洗いざらいしゃべっちゃったのは何かあるのかな。
田中:堀江さんが、宮内さんとか岡本さんとか中村さんを失望させたんでしょうね。「僕は知らない」と言ったとか、報道されているようなことがあって、失望した宮内さんたちは真実をありのままに話すほうがいい、ということだと思います。
小池:堀江さんも本当にまだまだ若いし、非常に優秀なことは確かだし、あれだけビジョンを持っていろいろやろうとする若い日本人もなかなかいないだろうから、今後どういうふうに出直せるかという問題はあるかもしれないけど、悪いことは悪いと認めて、気持ちよくけりをつけて出直したほうが、僕はいいと思うけどね。
すごく無駄な時間もお金も使っているしね、税金でやっている話だしさ。あとはやっぱり日本の資本市場に与えたインパクト、あるいはいろいろな会社や業界に与えたインパクトはすごくデカい。その辺を踏まえてね、特にライブドアショック以降、上場株なんかも低迷して新興株がめちゃめちゃになっていますよね。やっぱり、資本市場に与えた影響もでかいと思うんですよね。
ただ、2000年の日米のネットバブルのクラッシュで学んだことをみんな忘れて、またもうイケイケドンドンでバブルになっていたところだから、僕自身はこの事件による新興企業の見直しによって、ベンチャー企業がコンプライアンスを重視し、地に足を着けた活動を行うきっかけになったという意味で大きな意義があったと思う。あのまま行ってしまっていたら本当にバブルで……。
田中:私の立場からは言いにくいですね。ただ、明らかにバブルと見られる現象が見られましたし、警鐘というか、この事件によってそういう効果は実際にあったかもしれません。
小池:法制度も変えている最中ではあったし、いろいろなことにチャレンジできるいい場ではあったんだけど、それを悪用ではないが、スキームにおぼれていろいろやるような風潮も確かにあったと思うんだよね。そこは業界全体、特に経営に携わる人間が一度見直すという意味では非常にいいタイミングだったと思うけどね。
そこら辺を踏まえて今の資本市場、あるいはガバナンスとかコンプライアンス、取締役会・監査役会の位置づけ、監査法人について田中さんが企業の内部で見てきて、気づいたこと、学んだこと、あるいはいま実際にベンチャーでやっている経営者の人たちに、何か言いたいことはありますか。
田中:こういう立場なので説得力はないと思いますが、別にライブドアに限らず、ガバナンスというか経営の在り方みたいなところ、それからベンチャー企業を巡る市場全体、そして会社の取締役会であり、監査役、監査役会であり、会計士であり、それからもっと大きな所でいうと証券取引所だったり、証券会社だったり、ベンチャーキャピタル、投資家、それぞれがそれぞれの立場からこういうマーケットを担っているのだと思うんですが、それぞれがみんな脆弱だと思うんです。
日本の場合は、まだまだいろいろな意味で甘さもあるし、やっぱりそういうもののひずみが出てしまった象徴としてライブドア事件があったと思うんです。今言ったようなプレイヤーそれぞれがみんな弱かったというか、有効に機能していなかったということだと思うんです。その結果、出たのが多分ライブドア事件だと思います。
これだけ日本の経済社会というか、マーケットの中に資本の論理みたいなものが浸透して、奇しくもライブドアないし堀江さん、宮内さんというのはすごくお茶の間化しましたよね。それはそれですごく効果があったと思いますが、「健全にチャレンジすること」と「道を踏み外すこと」の峻別ができていなかった。本来あるべきリスクマネジメントとかガバナンスとかという発想が麻痺してしまったんでしょうね。
ただ、ライブドアとかわれわれ監査人が今回陥ったような罠は、けっこう口を開いて待っていると思います。今ちょっとゆるんで、バブルの予兆を感じさせるような状況ですよね。
小池:ライブドアのやったことのキーワードとして、株式分割であるとか、時間外取引であるとか、M&Aであるとか、そういったキーワードが多く使われていたと思いますが、それぞれについてはどう思いますか。
田中:よく考えたなというのはあります。知恵というか、頭の働かせ方は、純粋に感心する部分はありますよね。
小池:目的が不健全だという問題もありますよね。
田中:株式を100分割することに関して大義名分は当然あると思うんです。あるとは思うんですが、おっしゃるように、やっぱり動機が不純というか、不健全な使い方だったということですよね。
小池:株式分割については、経済産業省がプライベートエクイティファイナンス事業環境整備研究会というのを2000年ごろに作ったんです。その時に僕は委員で入っていたんだけど、欧米なんかだと、特定のお金を持った人しか買えないこと自体が不公平だという考え方だから、株価が100ドルを超えると、1株数ドルとか、せいぜい十数ドルに収まるように、それでみんなが買えるように、取引所が「適正な株価に分割しろ」という指導をするわけです(2001年2月経済産業省寄稿文) 。
ところが、日本の場合は1株あたりの純資産が5万円を切る株式分割が認められていなかったので機動的な株式分割ができずに1株何百万円という株価がまかり通っていた。それは制度によってできなかったというのもあったので、それを変えましょうということでその委員会で提言を行い商法を改正していった経緯がある。株式分割も含めてストックオプション制度や種類株についても改正していった訳だけど、そもそも商法を改正した理由と目的があり、そこをうまく利用して別の目的に使われてしまったというところに問題があった(経済産業省プライベートエクイティーファイナンス事業環境整備研究会提言2000年11月)。
田中:そうですね。分割すると制度の不備で株価が上がるというところと、あの時はやはり専門家も含めて「分割銘柄に注目」とかやりましたよね。意図的に上げている部分もありましたよね、群がっていって。そこに便乗、悪用してということだと思いますね。
小池:ファイナンスの専門でないテレビのコメンテーターとか本当に訳のわからない人たちがよく「株式分割がいけない、悪だ」みたいなことを言ってるけれど、それも全く根本は違う話でね。
時間外取引だって、ちゃんとした理由があって導入している仕組みだし、あとはM&Aが悪いみたいな風潮はね、一時は欧米型のM&Aをはやし立てておきながら、今は何かM&Aが悪いみたいなことになっているけれど、やはり成長戦略としてM&Aは必要だし、もちろん敵対的というのは支持されないけれども、やっぱり目的にあってそういうスキームがあるんだということ自体は、もうちょっと正確に伝えていかなければいけないと思うんだよね。
ただ、確かにライブドアが買収していた企業は、本当に事業の成長戦略上必要なのかどうかはちょっとわからないのもあったのかもしれないけれど。
田中:本当にビジネスラインからするとクエスチョンがつく部分も確かにありました。堀江さんの発想は「儲かればいいじゃないか。だから安く買って高く売るんだ」という考えで割り切れば、「なるほど」と言えないこともないというか……。
小池:投資業としてやっている分にはそれが目的だからいいんだろうけど、やっぱりちょっとマネーゲームになっちゃっていたかな。
田中:そうですね。それはあると思います。
小池:ライブドアの功罪の功という意味では、素人が今まではあまり気にもせず、わからなかった金融スキームを一般化させたという意味では非常に意味があったと思う。それから「自分たちも堀江さんみたいなものを目指して起業家になりたい」みたいな人たちがすごく増えたと思うんだよね。フリーターやニートが社会問題になっているけれども、企業に雇われるだけでなく自ら起業してチャレンジする若者も増えたのは確かだし、日本の旧体制やエスタブリッシュメントに果敢と挑戦していったチャレンジ精神は、日本の若者に大きな勇気と活力を与えたと思う。
田中:そうですね。
小池:その辺はどう思います? 功罪の功の部分は、今ではあまりクローズアップされないかもしれないけど。
田中:事件については言語道断だと思います。ですが、功の部分は、今おっしゃったように、やはり人生の選択肢として起業というものがあるのだということを広く知らしめた効果がすごくあると思うんです。
私は大学を1994年に卒業していますが、当時、大学を卒業ないしは社会に出た若い人たちで、起業という選択肢を持っていた人がどれだけいるかといったら、多分ほとんどいないと思うんです。でも、今は小学生向けの雑誌などにも「起業」とか「起業家」という言葉が出てくるぐらい、小学生も認識しています。
それはすごく大事なことで、日本はどうしても出る杭は打たれる傾向にあるんです。今もバッシングされたりしていますが、やっぱりアメリカなんて、お金持ちは世の中にいろいろ貢献してくれるし、称賛されますよね。やっぱりそういう人がどんどん増えてくるべきだし、そういう人がいることによって社会が得られる経済効果はものすごく大きいですよね。だから、本当はそういう道を示した功績はあると思います。
小池:起業の話が出たところで、今度はライブドアの話は終わりにして、この対談は起業家をフォーカスしているんだけど、田中さん自身が学生のときにどういうことをやっていて、社会に出たらどういうことをやりたいと思っていたかをお聞かせいただきたいんです。
田中:私の親の出身高校はラグビーの強い学校で、正月にラグビーを見る習慣があったんですが、その影響で私もラグビーが好きだったんです。それで、私が中学校1年生だった1985年に慶應大学がトヨタに勝ってラグビーで日本一になったんです。それを見てすごく感動しました。
私は「ここでラグビーをやりたい」と思ったので、そのときの慶應大学のメンバーを見たら、みんな下の高校出身だったんです。そこで、その高校に入ったんです。それで高校はラグビーをやっていました。
ということで、私のベースはラグビーにあるんですが、私が高校1年生のときに初めてラグビーでワールドカップが行われたんです。そのときに優勝したのがニュージーランドで、キャプテンは私と同じポジションのスクラムハーフという9番だったんです。デビット・カークというそのキャプテンは、ワールドカップが終わった後にローズ奨学生としてオックスフォードの医学部に入って、医者の道に進んだんです。
それを見ていて、世界の人たちはすごいなと思ったんです。世界で活躍する人たちのスケールの大きさに感動して、自分もプロフェショナルな道を選ぼうと思ったんです。
大学に入って、私は経済学部だったのでエコノミストになろうと思ったんですが、何がきっかけかよく覚えていませんが、もしかしたら経済の最先端にいるのは公認会計士なんじゃないかと勝手に思い込んで、公認会計士を目指し始めたんです。大学の間に勉強して、大学を卒業した年に公認会計士試験に受かったんですが、とにかく自分は、何でもいいのだけれど、何かプロフェショナルな道を進もうとずっと思っていました。
小池:何か自分で資格を取って自分で生きていけるというのもすごくいいことだと思う。それで、とにかく必死になって大学の時に勉強して、卒業して受かったと。
田中:そうですね。2年半ぐらい勉強しました。
小池:それでどこに就職したんでしたっけ?
田中:今のあずさ監査法人、当時は合併前でセンチュリー監査法人(KPMGグループ)というところです。そこに入って、5年9カ月働いていました。そこでは監査以外にもM&Aのデューデリジェンス(適正な投資なのかどうかを事前に調査すること)などいろいろやりました。私は個人的には監査以外の比重もわりに高かったほうです。
小池:監査を中心にやって、M&AのデューデリジェンスとかIPOの支援とかをやってきたわけだ。
田中:そうです。
小池:その前に、経済の最先端で会計士になろうというのがあったのだと思いますが、ずっと会計事務所で会計士をやっていようと思ってやっていたわけではないと思うんだけど。
田中:そういう気持ちはさらさらなかったですね。
小池:そもそも起業家として、自分で何かやりたいみたいな希望はあったんですか。
田中:何かあったんですね。大学の時に英語で作文をするという課題みたいなものがあって、私はそこに「経営者になりたい」と書いたんです。だから、漠然と何か思っていたんですよね。
皆さんもそうかもしれませんが、どんな小さな事業でもいいんですが、自分で会社を起こして持っている人って、僕は尊敬の対象なんです。というのは、自分で道を切り開いて、それが大きかろうが小さかろうが自分でやっているということですよね。そういう人は本当に尊敬に値するし、一番偉いと思うんです。
監査法人もそうですが、私は投資銀行の世界にもいました。そういう立派な人がいるからはじめてそれをお手伝いする人もいて、そこからお金を頂戴できるみたいなものがありますよね。だから、私にとっては会社をやっている人たちは尊敬の対象です。最終的には自分は経営者にずっと雇われる人生ではなくて、プレイヤーになろうというのがありました。
小池:そういう思いがあれば会計事務所でもいろいろな勉強ができるし、仕事自体はおもしろいかもしれないけど、正直言って会計士の最初のうちは下積みの作業が多いですよね。
田中:まあ可能性と限界と両方見えてくるわけです。おもしろさと物足りなさと両方あって、この比重がだんだん変わってくるんですよね。そうすると、当然次の道をと考えるんでしょうね。
小池:それで次はどういう道を?
田中:M&Aの世界は大学の頃からあこがれていたんです。そういう本を読んでいたこともあって、いずれは自分でやりたいというのがどこかにあったんですよね。M&Aの世界をのぞいてみたいというので、監査法人を辞めて大和證券SMBCという所に行きました。
そこでいろいろやりましたが、その時はマーケットでM&Aが動いていたので、いろいろな経験もできましたと。それでやっぱりおもしろいよねと。
小池:それは2000年頃ですか。
田中:そうです。けっこう、破綻型M&Aが多かったんですよ。マイカルだとか大型の倒産案件があって非常にやりがいのあるディールだったんですよね。
大和證券SMBCというのは、米国のブティック型の投資銀行のラザードと提携しながら、国境を越えた取引なんかもやっていたんです。そうすると、何となくユダヤ人の世界が見えてくるわけです。もともと投資銀行の発祥もユダヤ人ですよね。ユダヤ人の世界を見てみたいというのがあって、UBSウォーバーグに移りました。それが2002年です。
小池:では、2年間ぐらい大和證券SMBCでやっていたんですね。それで、ユダヤの世界はどうでしたか。
田中:多分、本当のところは見ていないんだと思います。しょせん東京支店なので日本人中心ですから、ユダヤの世界を見たかどうかは疑問ですが、投資銀行、コーポレートファイナンスの世界にいる人がみんなすごく優秀なんです。大和證券SMBCも優秀でしたけどもね。ただ、考え方とかお客さんのとり方はやっぱり違っていました。
小池:それでUBSを辞めてそろそろ起業したいという感じになってきたんですか?
田中:そうですね。投資銀行では、僕の周りは本当に尊敬できる人ばかりだったので、別に何かそれで不満があったとかいうことではなくて。
小池:キャリアデベロップメントの一環として、いろいろな経験をすると。
田中:そうですね。十分見たと偉そうなことを言える状況でもありませんでしたが、やっぱりUBSにいる間にいろいろなベンチャー起業家と会って刺激を受けるわけです。もともと自分がやりたいと思っていたのはこういう世界だよなと思って。
小池:どんな起業をしようと思ったんですか。
田中:笑われますが、当時はお花屋さんをやりたかったんですよ。人間の本能の部分が一番自分がやっていてもおもしろいし、お客さんに提供してもおもしろいんじゃないかなと。食べておいしいとか、見てきれいだとか、感動するとか。花もそうなんです。見てきれいだと思う。なぜか知らないけど置いてあると、何か落ち着くとか、部屋の雰囲気が締まるとかありますよね。けっこうおもしろいなと思っていました。ただ、いろいろ障害があって、そのときにはなかなかルビコン川は渡れなかったんですけどね。
小池:とりあえず、そこからすぐの起業は待って、それで港陽監査法人につながると思うんですが、久野さんを紹介されたんでしたっけ?
田中:そうですね。彼はもともとKPMGグループのOBで、KPMGの人を間に一人挟んで紹介されたんです。会計士というのは頭の堅いというか、凝り固まったみたいなイメージがありますよね。だけど1回会ってご飯を一緒に食べたんですが、すごくリベラルだし、考え方も柔軟だし、いろいろなおもしろいことを考えているんです。この人と一緒に仕事をしたらおもしろいかもしれないと思って、ベンチャーのサポートを一緒にやりましょうという感じだったんです。
小池:それで引きずり込まれたわけだ。
田中:そうですね。
小池:そういう縁でもう一度、港陽監査法人で会計士となって、その中でベンチャー部門みたいなものを作ったんですよね。いろいろな意味でこの期間、実際にベンチャーに触れて……。KPMGのときは、どちらかというとベンチャーというよりも大きな企業が多かったんですか。
田中:そうです。重厚長大の大きな所が多かったですね。
小池:ベンチャーの監査、サポートをしてどうでしたか。ライブドアでいろいろ幹部に会ったでしょう。
田中:影響力というとお客様にとって失礼な言い方ですが、やっぱり重厚長大の大きな会社を監査しても、はっきり言って何も影響力はないんですよ。だけど、ベンチャーのお客さんの場合は、ベンチャー企業がお客様ではなくて経営陣がお客様なんですよね。だから、すごく恩着せがましい言い方ですが、自分はベンチャー経営者のメンターになろうと思ったわけです。
なおかつ、私はもともと自分の好きなことをやりたいと思っていたんですが、会計士とか監査人にまったく未練がなかったんです。だから、ライブドアで思い切ったこともできたというのがあるんですけどね。いろいろな経営者の方に勉強させて頂いた面がすごくあって、おもしろかった部分でした。
小池:今回のライブドア事件で港陽監査法人は事務所を閉めるんですよね?
田中:6月末で閉めます。
小池:それで次は何か考えていますか。
田中:今は、具体的には考えていないんですよ。そこは情けないところなんですが、今は事後処理がけっこうあって、あとはライブドアの再生に向けてお手伝いをさせて頂く部分もあります。
私自身はライブドアに縁があって、やっぱりこれも何かの縁だと思いますし、正直に言って、堀江さんとか宮内さんに対して「大変な目に遭わされた」というような変な感情はないんです。
むしろ、良い会社にもっていきたいと本当に思って取り組んでいたし、結果的にライブドアを守れなかったことに関しては自分が至らなかったと思っています。経営陣が刷新されて平松(庚三)社長以下皆頑張っているので、しっかり再生してほしいという気持ちがありますし、そこはちゃんと見届けたいというか、協力できるところはちゃんとやりたいというのがあります。それが終わらないと気持ちも落ち着かないので、それをやりながら次を考えようかなと思っていますけどね。
小池:今回のライブドアの件なんていうのは、確かに経験をしようと思ってもできるものでもないと思います。もちろん家族も含めていろいろな目に遭っただろうし、今日の話を聞いても全く潔白で、逆にそれを直そうとして努力していたところからすると、ライブドアがこれで済んだのは田中さんのおかげというところもあるかもしれませんね。2005年以降もエスカレートしていたら、もっとすごいことになっていたかもしれないからね。
ご自身もすごく闘いながらも、ある意味で港陽監査法人にいるだけで、起訴された人たちと同じように見られたら不本意だと思うし、本来ならもっと堂々と「こう言われているけど、それに歯止めを掛けるためにこんな努力をしていたのだ」と胸を張りたいだろうと思うんだよね。今回こういう非常にデリケートな時期にインタビューに応じてくれたことには非常に感謝していますし、その勇気には感服します。
ぜひ、高校・大学でラグビーであこがれて目標とした人みたいに、文武両道の起業家としても成功してほしいと思います。
田中:頑張ります。
小池:いろいろな経験をした人のほうが絶対に大きく育つし、これからの若い起業家が田中さんにあこがれて目指せるような。偶像のアイドルではなくて、しっかり地に足を着けた目標になるような起業家になってもらいたいと思います。頑張ってください。
田中:ありがとうございます。
田中さんは高校から社会人までずっとラグビーに打ち込んでいたラガーマン。体育会系で叩き込まれた精神力と倫理観・正義感はラグビーを辞めた今も持ち続けているようです。ここ数年の付き合いの中で「曲がったことは大嫌い」「頑固なまでに信念を貫き通す」という姿を見てきました。
実は、起業家にとって一番大切なことは、「自分の事業にかける思い入れを自分自身が洗脳されるくらい信じて、それをひたすら実行する」ことです。起業して事業を成功に導くことは並大抵の事ではありません。毎日のように沸き起こる様々な問題や事業上の壁を相当の精神力を持って乗り越えていかなければなりません。その過程では自分が進めている事業の方向性に迷いが生じるかもしれません。しかし、迷ってスピードを緩めた時点でマーケットから置いていかれてしまうのも事実です。
もちろん市場環境の変化や競合の出現などによって事業計画を修正していかなければならないことも多々あります。事業の舵取りを大きく方向転換することも必要になってくるかもしれません。しかし、それも修正や方向転換をディシジョンした時点で、その方向が正しいという自信と思い入れをもって取り組んでいかなくてはなりません。
米国のアントレプレナーやベンチャーキャピタリストがよく遣う言葉に“enthusiasm“という言葉があります。この英語は「熱中」「熱狂」などと訳されていますが、ベンチャーキャピタリストは、アントレプレナーが自分のアイデアやスコープをどれだけ「熱狂的に」信じているか、どれだけ思い入れをもって「熱狂的に」事業に打ち込んでくれるか、を投資の判断にします。 “enthusiasm”はギリシャ語の“en + theos”(in + god)という語源から来ているそうです。つまり本来この意味は「神の内にある」すなわち「神がかり」状態を意味します。神がかり状態になるくらい事業の成功を信じて打ち込まなければ成功しないということです。
ライブドアの堀江さんも宮内さんもオン・ザ・エッヂの時代からお付き合いがありましたが、両名とも小さなベンチャー企業の時代から「熱狂的に」「自分の事業の成功を信じて」ビジネスに取り組んできたのだと思います。その意味では、まさに盲目的に「神ががって」突っ走っていたのかもしれません。 しかし、その方向が間違っていたとわかった時には、素直に方向を転換する勇気と決断も必要です。田中さんの話を聞くと、監査人として彼らに何度となく、その方向転換のチャンスを与えていたようですが、彼らの「神がかり」の洗脳度合いが強すぎたのかもしれません。
その意味では、堀江さんも相当な“enthusiasm”を持ったアントレプレナーなのだと思います。堀江さんの功罪の功をクローズアップすれば、日本の起業家経済を活性化させた貢献度は非常に大きいと思います。年齢的にもまだ若いし、自身がこれから次の起業にチャレンジすることも可能です、また、これまでの経験を生かして次世代の起業家を支援することも意義のあることです。本人に罪の意識があったかどうかはわかりませんが、これだけ世間を騒がせた会社の代表取締役としての責任は免れないでしょう。洗脳が解けた今、男らしく責任を素直に認めて、再出発することを期待します。
田中さんはどちらかというと火中の栗を拾いに行った被害者とも言えますが、今回の事件を契機に会計士の資格を自主的に返上し、自ら退路を断って再出発を図るそうです。信念と“ enthusiasm ”を持った田中さんの起業家としての出発を期待します。
iSi電通アメリカ副社長としてGEおよび電通の各種IT、マルチメディア、インターネット・プロジェクトに従事。1997年にiSi電通ホールディングスCFO兼ネットイヤーグループCEOに就任。シリコンアレー、シリコンバレーを中心にネットビジネスのインキュベーションおよびコンサルティング事業を展開。1998年にネットイヤーグループをMBOし独立。1999年に日本法人ネットイヤーグループおよびネットイヤー・ナレッジキャピタル・パートナーズを設立。現在、ネットエイジグループ代表取締役、ネットエイジキャピタルパートナーズ代表取締役社長などを務める。日米IT・投資業界での20年以上の経験を生かしベンチャーの育成に注力。
コメント ( 1 )
一方、堀江氏は、全財産を放棄して再出発すべきである。
「尊敬する起業家は誰?」といった類のアンケートがあると、罪を犯している堀江氏がいまだにランキング上位にいることがある。今は反省させることが必要な時期だ。メディアも含め、世間はその辺を自重すべきである。