2006年6月12日 08時00分
構成:西田隆一(編集部)
写真:梅野隆児(ルーピクスデザイン)
幹部らに対する公判も始まり、ライブドアの粉飾決算をめぐる事件もいよいよ大詰めにさしかかっている。このライブドア事件は新興市場の株価を急落させるなど、盛り上がりを見せていたベンチャー市場に影を落としたものの、堀江貴文が提示した「起業」のイメージはすべてが悪いものではなかったように思う。
今回はいつもの起業家に焦点をあてたインタビューとは趣向を変え、この事件の舞台裏で活躍した一人の人物に焦点をあてたい。と言っても、違法行為に直接関与をしていた人物ではない。ライブドアが粉飾決算を行ったとされる時期と前後してライブドアに関わりだし、最終的には危うげなライブドアの取引を更正させた会計士の話である。
『ライブドア監査人の告白〜私はなぜ粉飾を止められなかったのか』その人――田中慎一氏は、渦中のライブドアの会計監査を行う港陽監査法人の代表社員(パートナー)を務め、事件の焦点となっている2004年9月期以降、ライブドアの監査責任者として関与している。また、最近では、ライブドア事件の裏側を描いた『ライブドア監査人の告白』(ダイヤモンド社刊)を上梓した。
そこで今回は、自らも一度は起業家を目指したという田中氏に、ライブドアの一部始終と会計士の倫理、コーポレートガバナンス、そして起業家のあり方について話を聞いた。
小池:田中さんがライブドアとかかわったのはいつ頃からどんな経緯で始まったんですか。
田中:私はもともと2004年7月にパートナーとして今の港陽監査法人(当時は神奈川監査法人)に参画しました。その後、その中でもベンチャーのお客さんに特化することをより明確にして、2004年秋ぐらいからお客さんのサポートをするためにベンチャーサポート部と銘打ったかたちでやっています。ライブドアとの実質的な出会いは2004年11月です。
そして2005年9月期の第2四半期、つまり中間期から、ライブドアの監査責任者(監査報告書に最後に署名をすることで監査の最終責任を負う人)という立場になっています。
小池:港陽監査法人は田中さんが入った当時からライブドアの監査をしていたんですか?
田中:そうですね。そもそも2000年にオン・ザ・エッヂ(現ライブドア)が上場した頃からうちが監査をやっているんです。
私が港陽監査法人に入った当初は、ライブドアみたいな大きな会社の監査をしたいという気持ちはなかったんです。日本のベンチャー企業は2000年のITバブルでしぼみましたが、2004年頃にまた盛り上がりそうな時期になったので、私自身はそういった未上場のベンチャー企業の経営者を応援したい思いがありました。それをやるために入ったというのが正直なところです。
いくつかIPOを準備するお客さんもあったので、そのサポートをしたいということで、港陽監査法人に入ってベンチャーサポート部を立ち上げて、本格的に内外に示していくという感じでやっていました。
小池:久野(ひさの)さん※1との出会いがあって、そういうベンチャー企業のサポートをしたいということですね。
※1. 元港陽監査法人代表社員の久野太辰氏。ライブドアの粉飾決算に関する証券取引法違反の罪で起訴。
田中:そうですね。
小池:それで、ライブドアで疑問に思うような取引があったのですね。何があったんですか?
田中:期末付近になって、比較的金額の大きな売り上げの取引があったんです。期末の土壇場にドカッと計上するので、別にそれがあってもおかしくないんですが、少なくともすごく注意しなければいけないと思うわけですよね。
実は、これはうちのスタッフが気づいたんです。あれは2004年11月2日ですが、私はたまたまライブドアの子会社が上場するというIPOのプロジェクトに関わっていました。
小池:ターボリナックスの監査をやっていたんですね。
田中:そうです。私は同社のIPOの準備の打ち合わせのために行っていて、それが終わったので、(六本木ヒルズ森タワー)38階の別の会議室にライブドアの監査チームが詰めているのを知っていたので、彼らがどうしているかと思って様子を見に行ったんです。
そうしたら、その中のスタッフが先ほど申し上げたようなことがあって「どうもクサい」と。話の内容からすると確かに疑わしいかもしれないと思いました。ただ、ライブドアの当時の監査責任者であった久野にすでに報告しているから対応は大丈夫ですと言っていたので、私はその場をすぐに立ち去りました。
小池:その当時はターボリナックスを担当していて、ライブドアの担当ではなかったんですね?
田中:もともとは担当していませんでした。私はただライブドアの監査チームのスタッフの様子を見に行ったんですよね。
小池:そのぐらいからライブドアとの関係が始まったわけ?
田中:そうです。
小池:そこが運のつきなんだな。
田中:その日の夜に久野から「ライブドアでこういうのがあった。すごく怪しいと思う」とメールが来たんですよ。彼はスタッフからこういう問題があるという報告を受けた直後に、宮内さん※2に対して「こういう取引は認められないので消してください」とメールで送っているんです。そのメールを送ったら、宮内さんからすぐさま「これは取引の実態があって問題がないから、消すなんてできません」と返信が来ているわけです。久野はすごく困って「どうしましょうか」というメールを私に送ってきたんです。
私はもともとライブドアの監査チームに入っていないので、「どうしましょうか」と言われて、正直私も困りました。ただ、彼は手をこまねいている様子でした。
※2 ライブドア前取締役の宮内亮治氏。
小池:その要因としては、港陽監査法人がライブドアおよびそのグループへの依存度が高かったこともありますか?
田中:まったく否定はできないと思いますが、久野自身はお金にグリーディー(どん欲)な人間でもないので、必ずしもそれが主ではないですね。やはり監査人として強い意志や気持ちで、是々非々な態度で宮内さんに対して臨むことができなかったのが要因としてあると思いますね。
一言で言うと、宮内さんのことが怖いんですよ。宮内さんは知恵もいろいろつけているし理論武装もできているので、宮内さんと対決するとなかなか勝てないんですよね。そこに弱さがあったということですね。
私からすれば、「別に、そんなのはお互いに一生懸命やっているのだから、とことんやればいいじゃないか」と思うのですが、なかなかそういう気持ちで臨むことができなかったということじゃないでしょうか。
小池:一応、そういう過程の中でいろいろ見てみたら、これはクロだと。
田中:私がその時すぐに久野に指示したのは、「これは疑わしいのは確かだが、仮にクロだとしても、今すぐ動かないとその尻尾をつかむことができない。だから今すぐ動いてください」と言ったんです。向こうに時間を与えるといろいろ用意してくるわけですよ。
「動け」というのは「各事業部の担当者ないし役員を呼んで、とにかく聞き出してください」ということですが、翌週になってやっと担当者を呼んでインタビューをやりました。それは私も担ぎ出されたんですが、やっぱり1週間間空いてしまったので完全に口裏を合わせてきたんです。だから、われわれとしては粉飾であるという尻尾をつかみ損ねたんですよね。
このような取引についてシロ・クロはっきりさせることなど会計士にはできるわけないから、私は終始一貫してずっと「(監査人を)降りろ、逃げろ」と言っていたんです。それは初めに第一報を受けたときも「降りろ」と言っているし、インタビューをやった後も「降りろ」と言っているんです。
小池:実際に、田中さんがライブドアの監査責任者としてアサインされたのはいつからですか。
田中:その出来事があった半年後ですね。そういう場面があったのが2004年11月なんですよ。私が本格的にアサインされたのは2005年4月からなんですよね。
田中慎一(たなか・しんいち)--
KPMGセンチュリー監査法人(現あずさ監査法人)で監査業務、株式公開支援業務、デューデリジェンス業務、パブリックセクターの民営化コンサルティング等を手がけた後、大和証券SMBC株式会社M&A部およびUBSウォーバーグ証券会社(現UBS証券)投資銀行部門でM&Aや資金調達に関するアドバイザリー業務に関与。その後、港陽監査法人のパートナーに就任し、主にベンチャー企業の株式公開支援業務を手がける。小池:それまではライブドアの監査責任者には久野さんのほかにもう1人いたわけですよね。田中さんに代わったのは何か理由があったんですか。
田中:私が代わった理由は2つありました。1つは、(以前の神奈川監査法人代表社員の)小林さん※3は2003年12月に辞めているのですでにいなかったのですが、負の遺産のようなものが残っていたんです。それは何かというと、彼はオン・ザ・エッヂの頃からライブドアの経営陣を甘やかしていたんです。彼らはその甘えに乗っていたところがありました。宮内さんとか中村さん※4はその甘えに乗って、監査対応という意味では不誠実な面があったんです。結果的には小林さんと久野が言いなりになっていたといえるかもしれません。宮内さんも中村さんも彼らだったらどんなことでも言いくるめられるだろうという態度がありありだったんです。
※3 元港陽監査法人代表社員、ゼネラル・コンサルティング・ファーム代表取締役の小林元氏。2003年9月期までライブドアの監査を担当。証券取引法違反で在宅起訴。
※4 ライブドアファイナンス前代表取締役社長の中村長也氏。
小池:どうして神奈川監査法人がオン・ザ・エッヂと付き合うようになったんですか?
田中:宮内さんはもともと税理士ですよね。小林さんも会計士ですが、税理士登録もしているんです。彼らは横浜市の地区ごとにある税理士会で一緒だったので、もともと顔見知りなんですよね。それで一緒に会計事務所をやっていたりしたのかもしれませんね。よくはわからないのですが。
小池:宮内さんは、もともとオン・ザ・エッヂの税理士だったんだよね。それで、自分がオン・ザ・エッヂに入って公開させるので、外部の税理士として頼んだのが小林さんだったと。
田中:もともと堀江さんがオン・ザ・エッヂをやっていたときに、そろそろ会社を大きくしていかなければいけないから財務経理面を見られる人が必要だよね、ということで、堀江さんがインターネットを検索してたらまたま引っ掛かったのが宮内さんだったようです。で、宮内さんに「うちの税務とか決算を見てよ」と言って、宮内さんが足しげく横浜から通うようになったんですよね。
小池:なんで横浜の税理士が引っ掛かったんですか。
田中:当時は、まだ会計士・税理士といったいわゆる士業の人たちでインターネットをやっていたりホームページを持っていること自体、ものすごく珍しかったんです。宮内さんはパソ通に明るくて、早くからけっこうやっていたみたいですよ。
それでたまたま引っ掛かったのが宮内さんと聞いています。宮内さんが毎月通ってやっていたんでしょうね。そこで堀江さんと宮内さんが意気投合して、本格的にIPOを目指しましょうといったときに、宮内さんに「じゃあCFOでうちへ入ってよ」ということで入ったみたいです。
小池:なるほど。
田中:それでいよいよ本格的にIPOを目指して監査法人を入れなければいけませんよねとなったときに、宮内さんが旧知の仲であった小林さんに「神奈川監査法人でやってください、お願いしますよ」ということで声を掛けて入っていきました、ということのようです。
小池:その当時、神奈川監査法人は小林さんと久野さんがやっていたの?
田中:オン・ザ・エッヂの頃は久野はまだ入っていませんでした。だから、もともとの神奈川監査法人の創業メンバーでやっていたんですよ。
小池:創業メンバーの1人が小林さんだった?
田中:そうですね。基本的に全部人的なつながりですよね。
小池:それで、小林さんが監査をやっていて、その次に久野さんが入ってきて2人で担当するみたいな感じになったのですか。
田中:途中からそうですね。2人でやっていますね。
小池:それで創業メンバーの1人である小林さんが辞めたのには、何か理由があったのですか。
田中:ゼネラル・コンサルティング・ファームを宮内さんと一緒に立ち上げていたんですよね。
小池:ゼネラル・コンサルティング・ファームは宮内さんと小林さんが作った会社なんだ?
田中:そうです。あとは弁護士の先生も入っていたと思いますが、もともとはペーパーカンパニーを買ってきて、ゼネラル・コンサルティング・ファームに名前を変えて、小林さんとか宮内さんが役員になって実質的に立ち上げたんです。
小池:それに自分の会社のグループなどの会計をやらせていたんですか?
田中:そうです。メインはライブドアグループですよね。
小池:それは個人でやっていたわけだよね。宮内さんがオン・ザ・エッヂの取締役というポジションでありながら、個人会社を作ってそこに仕事を流していた?
田中:そうなりますね。ゼネラル・コンサルティング・ファームの代表取締役は宮内さんでしたからね。
小池:そういうのは上場後も続けていたんですか。
田中:それは上場後に始まりましたからね。
小池:そういうのってありなの?
田中:これは本末転倒なんです。上場審査の時にそういうのがあったら絶対にダメなのですが、上場後はおとがめがないんですよね。これはコーポレートガバナンスの観点からするとすごくおかしいと思いますが、気づいた人が何も言わなければ放置されてしまうんです。
小池:誰も気づいていなかったの?
田中:私にはわかりません。
小池:でも、登記上は宮内さんが代表取締役になっていたんでしょう?
田中:そうです。でも、誰かが詮索しないとわからないですよね。
2003年12月に宮内さんが代表取締役を辞めたので、小林さんが代表取締役になったんです。小林さんとしてはゼネラル・コンサルティング・ファームでやることが念頭にあったので、港陽監査法人は脱退しますということだったのではないでしょうか。
小池:なるほどね。それで、ゼネラル・コンサルティング・ファームのほうにシフトしていったと。そこが空いたので、その穴埋めで田中さんが入ってきたということですね。
田中:これは捜査当局から聞いた話なのですが、彼らはそういう意図があったみたいですね。私はそういう意図はありませんでしたけど。久野と小林さんはいま立件されているような真実をある程度知っていたようですけど、私は当然何も知らされていないわけですよ。だから(2004年9月期の監査報告書に)うっかりサインしたら私も起訴されていたかもしれないですよ。私は「こんなの(2004年9月期の監査報告書にサインすること)、できるわけがないでしょう」ということで拒否しましたけど。
小池:でもね、久野さんも小林さんも、田中さんの性格は知っているわけでしょう。曲がったことは嫌いで正義感があるし、アドバイスをもらっても「そんなのにサインをするのはやめちゃえ」と言うような人なわけです。その田中さんを監査人として入れようというのは、やっぱり何らかの後ろめたさがあって、このままじゃ誰も止めてくれないなというのがあったんじゃないの?
田中:本人に聞いていないのでわかりません。結果的にバカだったんですが、私は火中の栗をわざわざ拾いに行ったんですよね。当時の状況を見ていて、こんなのでいいのか、すごく情けないと思った。
一方で、宮内さんは彼らのことを“ものわかりのいい会計士”だと思っているわけですね。見ていられませんでした。
なおかつ宮内さんが私に言ったのは、「田中さんはうちにサインしていないんですよね」と。つまり、監査責任者じゃないんですよねというわけですよ。その心は「責任者でもない人に言われたくない」ということです。私はそれもカチンと来たわけですよ。「だったら、俺がサインして全部言うことを聞いてもらおう」と思って、私は怒りというか……大人気なかったんですが、それが原点、原動力なんです。
私は堀江さんや宮内さんにいろいろとうるさいことを言わせて頂いたんですよね。だけど、特捜部は過去に遡った分についても不正を許してくれなかった。それで、今年になって、年が明けて強制捜査が入ったというのが全体の流れなんですよ。
小池:だから2004年度は問題だったけれども、2005年度からは田中さんが入って、ああだこうだやってからはきれいになったということだよね。
田中:きれいになったというのは、ファンドスキームを私が禁じ手を使って見つけて解消させたんです。悪知恵を働かせて何かトリッキーなことをやる環境を消させたんです。そうすると、変なことをやる可能性を封じ込むことになりますよね。もっとも、事件を未然に防ぐことができなかったわけで、結果的に、私も力不足だったと感じますし、悔やみきれない部分があります。私も完璧とは言えません。
そして、コーポレートガバナンスとか内部統制とかそういったものができているかというとまだ完璧じゃないですよ。ですが、次はそこを整備していこうというところで強制捜査が入ってしまったんです。
小池:折しも、中央青山監査法人が厳しい処分を受けた。その発端はカネボウの粉飾だったと思うんだけど、会計士の人たちのリスク感覚・倫理観は、ほかのビジネスの世界でやっている人たちとは、若干違うところがあるんじゃないかと思うんだよね。
田中さんはほかの会計士・監査法人よりはいろいろな会社で経験しているけれど、会計士という特殊な職業のリスク感覚・倫理感覚はどう思いますか。
田中:倫理観とかリスクに関しての理解は、職業柄、特別に持っていると思うんです。監査人であれば公正不偏な態度で臨まなければいけないとか、独立的な立場で、ある意味、職業的猜疑心を持って監査に取り組まねばならないということは、誰も思っているわけです。
だけど、そういう深刻な場面に出くわす人が何人いるかというと、すごく少ない確率なんですよね。そもそもそんな場面に出くわさない。出くわしたときにどういう判断ないし行動ができるかというところが分かれてくるんですよ。不運なことにそういう場面に出くわして、是々非々でできなかった人がいたということだと思うんです。
たとえば、すごく大きなお客さんがいて、監査報酬も相当もらっていたとします。それで、自分の所属する部署はそこのお客さんに対する依存度がけっこう大きいといった場合に、その会社の決算書ではうちは監査意見(適正意見)を出せませんといったときにどういう判断をするか。正しくないんだから(監査契約を)切ったらいいじゃないかという判断ができるかどうかなんですよね。別に1社失ったってまたお客さんを連れてくればいいし、こんなお客さんと付き合う必要はないと切る判断ができれば問題はありませんが、やっぱりそのお客さんに依存するようになると危ないんですよね。
そのお客さんを切ってほかのお客さんを連れて来られる営業力があるとか、信頼があるとか、力があるということで補えればいいし、もしくは自分はお客さんを切った責任を取ってその監査法人をやめるんだという判断ができればいい。
小池:カネボウなんかも粉飾を知っていて加担したわけでしょう。リスクを考えると賄賂をもらわないと割に合わないよね。
田中:特別には絶対にもらっていないと思いますよ。
小池:倫理観として、粉飾に目をつぶることによって会社が存続して、何万人かわからないけれども、カネボウの従業員、家族が路頭に迷うことがないようにと考えたのかもしれないね。
田中:おそらくそうですね。カネボウのケースで報道されている内容ですが、会計士だって当然このままではまずいということはわかっているわけです。会社は会計士に「今年1年は本当に勘弁してください、来年は絶対に良くなりますから。こんな計画があります。今この決算をやってしまったら従業員がクビになって大変です」と言うけれども、そこで「じゃあ、この1年だけですよ」というのが2年になり、3年になり、最後には行き着くところまで行ってしまう。
それはどういうことかというと、会計士・監査人が会社のためと思ってやったことが結果的には全然会社のためになっていないわけです。それどころか経営陣は逮捕されて、自分も逮捕されて、もう目も当てられない状況ですよね。
だから、その時点で是々非々でちゃんとやっておくというのが結果的に絶対に会社のためになるんですよ。僕は、以前務めていた大手の監査法人のときに、たまたまそういう経験があったんです。ある意味「死刑宣告」をしたんですが、その会社は今、プライベート・エクイティ・ファンドのもとで再生して元気にやっているんです。そういう経験があって、“今”がちゃんと証明してくれているという自負もあるので、ライブドア経営陣に対して遠慮しなかったというのもあるんです。
小池:監査法人も内部監査やリスクマネジメントを指導する立場でありながら、自らは脇が甘いところがあるということかな。社会に出てずっと会計士という人の中にはその辺の倫理観と社会常識がビジネス慣れしていない人もいるんだね。
田中さんはライブドアの中に入って、監査責任者になって2005年度からは宮内さんを中心に堀江さんとかいろいろな人たちと、ある意味で闘ってきたわけでしょう。そういう立場から見て、ライブドアの中の経営体制なり、ディシジョンツリーはどんな感じになっていましたか。役割分担というか。
田中:私は直接そこにいたわけではないので、聞いた話ですが、いろいろな会議をやるんですよね。戦略会議だとか営業会議だとか、取締役会ももちろんありますが、あとは執行役員会議とかあるんですが、世間は堀江さんのワンマンというイメージがありますが、会議なんかはそうじゃなくて、堀江さんが「こうしましょう」と言っても、周りが罵声を浴びせるように「そんなものはできない」「こういうふうにやるべきだ」という喧々囂々たる議論はやっていたみたいですね。
そういう意味で言うと、話を聞く限り、オールドエコノミーの会社よりよっぽど意見をぶつけ合って正しい解を導こうという発想はあったと思うんです。そこに何か不健全性があったかどうかはわからなくて、これはどんなスキャンダルでもそうですが、ガバナンスというか、内部統制という意味では、仕組みはあるんですが、今回の立件対象になっている違法行為などはその枠外でやるんですよね。
小池:堀江さんはその時期、例のプロ野球の問題や何だかんだを含めて、対外的にもどんどん新しいチャレンジをしていった。かなりハードルの高い目標をどんどん設定していくタイプですよね。
それを有言実行でアクションを起こしていくところがけっこう大変だったんじゃないかと思うんですが、堀江さんが目標を立てて、宮内さんが実行する中で、やっぱりちょっと無理というか、ひずみみたいなものがあったのではないかと思うんですが。
田中:そうですね。宮内さんは賢い人なので、堀江さんが目標と言って経常利益が何億というようにぶち上げる数字がありますけど、多分、宮内さんは現状のビジネスモデルでは無理だと考えていたと思うんです。岡本さん※5なんか、私には「やっぱりしんどい」と言っていました。
※5 証券取引法違反の罪に問われているライブドアマーケティング前社長岡本文人氏。
そうするとどうなるかというと、1つは堀江さんの期待に応えないといけないという忠誠心ですよね。あとは市場に応えないといけない、株価を上げなければいけないという中で行き着いたのが、粉飾という違法行為だと思うんです。ただ、買収していろいろビジネスラインを整えていく中で、もうちょっとしたらちゃんと社長が言うような数字を作れるようになるという青写真があったんじゃないかと思うんです。
小池:堀江さんがけっこう高いハードルのバーを立てて、宮内さんはとにかく考えて、これでどうかとやっても溝が埋まらない。通常だったら、現実的に無理だとわかったら目標を下げるだろうが、堀江さんはそれをしたくない。できない人だったということかな。
田中:あのときは、近鉄の買収をめぐって楽天とモロにガチンコ勝負をやった時でもあったので、経常利益50億円はなんとしても出さなければいけないというのがあったのでしょうね。
小池:原点は三木谷さんをライバル視して、経常利益50億円と対マスコミにも打ちだして、あのときも「(楽天の)実態を知っていますか、経常利益はこれだけですよ」というようなことも言っていたけど、やっぱり言ってしまった手前それを下げられなかったというのが、一番の問題なのかな。
田中:多分そうですね。
iSi電通アメリカ副社長としてGEおよび電通の各種IT、マルチメディア、インターネット・プロジェクトに従事。1997年にiSi電通ホールディングスCFO兼ネットイヤーグループCEOに就任。シリコンアレー、シリコンバレーを中心にネットビジネスのインキュベーションおよびコンサルティング事業を展開。1998年にネットイヤーグループをMBOし独立。1999年に日本法人ネットイヤーグループおよびネットイヤー・ナレッジキャピタル・パートナーズを設立。現在、ネットエイジグループ代表取締役、ネットエイジキャピタルパートナーズ代表取締役社長などを務める。日米IT・投資業界での20年以上の経験を生かしベンチャーの育成に注力。
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