2006年5月8日 08時00分
日本のビットバレーブームの仕掛け人でもあるネットエイジキャピタルパートナーズの小池聡氏が、自らの米国、日本での起業家・投資家としての経験を踏まえて、失敗を恐れずチャレンジする起業家という生き方を選んだアントレプレナー達の軌跡を対談を通じて追います。今回は、学生時代からベンチャーをスタートさせて、後にaxive.comを起業し、その後は男性向けアパレルなどをオンラインで販売するZeelを起業した尾関茂雄氏にインタビューしました(この記事はネットエイジキャピタルパートナーズのウェブサイトに掲載されたものをCNET Japan編集部が一部編集したものを掲載しています)。
小池:今日は「アントレプレナーの軌跡」ということで今までの起業家人生を振り返って、ざっくばらんに話を聞かせてください。
尾関:よろしくお願いします。
小池:今、起業家として活躍してる尾関君だけど、学生時代から起業家になるべく活動してたの? それとも全然考えていなかった?
尾関:そうですね。場当たり的でしたね(笑)。特に何も考えず、楽しそうなところに顔を出していましたね。
小池:尾関君の大学生時代にも学生ベンチャーが流行ってたと思うけど、そういう活動はしてたの?
尾関:やっていましたね。一番はじめは南青山にある会社があって、太河(編註:松山太河氏--かつてのビットバレーブームの中心的存在)もそこに居たんですけど、その会社が名刺をあげるから自分で勝手に仕事作って商売しなさいって、怪しげな会社だったんですけど……。
小池:何をやってるところだったの?
尾関:占い屋さんだったんですけどね。占いコンテンツなんかやってる。そこに結構学生が集まってたんですよ。
小池:へぇ(笑)。
尾関:そこで太河と作った人材派遣会社を使って営業したり、雑誌とかに学生を派遣したりしてたんです。それで、ちょうどその頃は携帯電話の販売が盛んだった時代で、学生に無料で配るっていうプロモーション企画がきて、それの手伝いをやったり。そんなことしてたんですよ。
小池:そうなの。学生の時に2人で会社を作ったと。
尾関:松山太河が中心だったんですけど、彼がまだアンダーセン(現アクセンチュア)にいた時で。
小池:あ、彼はもう就職してたの?
尾関:そうですね。あと、ほかの会社でインターネット放送とかやったりして……。
小池:そう、じゃ、学生起業家としてやってたんだ。
尾関:そうですね、手伝いですけど、してましたね。
小池:それで、就職はしたんだよね?
尾関:サイバーエージェントに新卒として入りました。学生の時にネットエイジとサイバーエージェントを掛け持ちで手伝ったりしてたんですけど、サイバーエージェントに新卒内定をもらったんで、サイバーエージェントに入ったんです。
小池:そうだよね、あの頃、ネットエイジはまだ渋谷の一軒家の二階を間借りしてオフィスにしていて、尾関君もまだ学生だったね。まぁ、他の社員もほとんど学生ばっかりだったけど(笑)。
尾関:それでサイバーエージェント入ったんですけど、20日くらいで辞めて……。
小池:20日で辞めたの! なんで辞めたの?
尾関:スーツだとか、朝の時間が早いのが嫌だったりして(笑)。それでどうしようかなぁと思ってたら、ネットエイジさんから戻っておいでと言われたんで手伝ったりしながら、そんなこんなで半年くらいやってたんです。
小池:最初はネットエイジでネットディーラーズの営業してたね、そう言えば。
尾関:しかも家庭用の電話機兼ファックスとか使ってやってましたね。
小池:そうだったね(笑)。その頃、サンフランシスコの我が家にも来たことあったよね。
尾関:そうですね。お邪魔しました。
小池:太河君と一緒に2人で来たよね。あれが98年とか99年頃かぁ……。
尾関:それで、シリコンバレーを見て刺激されて、それから半年くらいしてからアクシブ(現ECナビ)を創業したんです。
小池:半年ですぐにアクシブ起ち上げたんだ。
尾関:そうですね。期間はそれくらいでした。4月くらいからビットバレーで出会った連中と話したりしてて、ちょうどネットエイジで新規事業やっていこうかって話もあったりして、じゃあ何かやろうって話になってて。
小池:MyIDという新規事業企画だったよね。色々相談に乗っていたのを思い出しました。
尾関:それでちょうど良い機会だからって、その事業を会社として起ち上げたんですよ。そんな展開です。
小池:それで、ネットエイジから資金提供を受けてスピンアウトし、ベンチャーキャピタルからも増資を受け、順調に会社が伸びて行きましたね。
尾関:そうですね。
小池:その前に宇佐美さん(編註:現ECナビ代表取締役CEOの宇佐美進典氏)との出会いがあった訳だ。
尾関茂雄(おぜき・しげお)--1974年、東京赤羽生まれ。専修大学法学部卒。早稲田大学大学院国際経営学修了。サイバーエージェントにおいてオンライン広告サービスの事業開発を担当。ネットエイジを経て、1999年、アクシブドットコム(現ECナビ)を創業。同社代表取締役社長就任。2003年、事業規模を拡大させた上で同社をサイバーエージェントに売却。2004年1月株式会社Zeel創業。同年6月にラウンジダイニングバー西麻布birth開店。2005年6月株式会社Mc2設立。以上3社の代表取締られ役。2005年11月に初の著書『金の匙 銀の匙』(英治出版)を上梓。すでに広く知られているが、奥様は女優・タレントの山口もえさん。
尾関:ビットスタイル(編注:ビットバレーのイベント)とかで飲んだりしてるときに、「今度会社やるんだけど、リサーチの仕事してくれない?」って頼んだのが縁ですね。そしたら彼も参加したいって話になったんです。
小池:彼もその頃XML関連の会社をやってたね。
尾関:イージーネットって会社でしたね。
小池:それで二人で会社をやってきて……どっちが先だったっけ? サイバーエージェントに売ったのと、会長に退いたのは。
尾関:実は最初は僕の持ち株の3割くらいしか売っていなかったんですよ。その時に確か会長になったのかな。
小池:自分で作った会社の経営権とか社長とかオーナーシップという地位には未練はなかった?
尾関:そうですね。
小池:日本だと、すごくそういうのに未練を持ってずるずる行っちゃう人が多いんだけど、凄くスパッと身を引いたよね。
尾関:そう言われるとそうですね(笑)。
小池:その時、宇佐美さんはどうだったの? 引き継いでやってもいいよとか……。普通、2人で起ち上げた会社だと1人だけ抜けさせてもらえないってことの方が多いじゃない。
尾関:いや、彼も自分の流儀でやってみたいじゃないですか。それで、じゃぁお互い好きにやっていこうと。
小池:なるほどねぇ。そうすると会社作ってどれくらいで辞めたことになるのかな?
尾関:99年に創って2003年なんで、ちょうど4年くらいですかね。
小池:サイバーエージェントに一部資本参加してもらったのはいつ頃?
尾関:2001年頃ですね、確か。
小池:そうなってからも会長としては残ってたよね。
尾関:そうですね、形だけですけど(笑)。
小池:それで会長も辞めて、それから大学院に。
尾関:ちょうど大学院に行くのと同じ頃に会長も辞めました。
小池:なんでそこで大学院に行こうと思ったの?
尾関:学生の時に手伝っていた会社の社長が、大学院に行きだしていて、彼が私の自宅に大学院の願書を郵送してくれて「ベンチャー以外の世界もみて勉強しないと」と薦めてくれたので。
小池:そうなんだ。
尾関:それで願書まで送ってもらったんだし、受けるだけ受けようかなと思って……。
小池:それで受かっちゃったのか。それがいつなの?
尾関:2003年ですね。
小池:じゃあ卒業したばかり?
尾関:2年ですから今年9月に卒業しました。
小池:米国では大学卒業してそのまま起業家になる人って少なくて、卒業してからマイクロソフトやインテルなんかに入って2、3年経験して、それからMBAを取りに行って、卒業してからコンサルティングファームや投資銀行などに入って、いったん経営戦略やファイナンスのスキルを身に付けて、それからどこかのベンチャー企業にマネージメントで入って、そこでベンチャー経営を経験して、それから自分で起業する、と言ったキャリアパスが多いんですよ。
尾関:そうなんですか。
小池:キャリアパスの途中で大学院に入るっていうのは米国ではすごくよくあるケースです。日本だと大学卒業したのに就職先が無い 人が行ったり、もちろん学問を追及するために行くケースも多いけど、そういう位置づけで大学院があるんだよね。だから、自分のキャリアパスの中にはめ込んでやるって人はなかなか居ないかも知れないね。最近は日本でも社会人向け大学院が充実してきたので環境は整ってきているとは思うけど。で、大学院で学んだことは役立ってますか?
尾関:うーん、もうちょっと真面目にやっておけばよかったなと思います(笑)。
小池:実際に自分で事業やってから学校に行くと、授業に対する興味も違うんじゃない?ただ単に単位を取りに行くのと違ってさ。
尾関:経営の技術云々よりは今より視点を拡げてくれるような気がしましたね。
小池:ふーん。クラスメートとか先生とかの人脈なんかも広がるでしょう。
尾関:そうですね。今の役員なんかはその時の同級生だったりしますね。
小池:リクルーティングにも役立つんだ(笑)。
尾関:そうですね(笑)
小池:サイバーエージェントに行って、ネットエイジで修行して、自分で創業して、そこで一旦EXITした訳じゃない。一回リタイヤして、学校に行って、そしてまた起業しようと思ったのは、どういう心境からですか?
尾関:何かしら仕事をしてないと、なんかこう満足感が無いと言うか、現実感が無いと言うか。そういう感じはありましたね。
小池:じゃぁ、学校に行ってる間とか遊んでる間ってのは、充実感が無いとかそんな感じだったのかな?
尾関:そうですねぇ、一人じゃないですか。本とか一人で読んでると寂しくなるタイプなんですよ(笑)
小池:それでは、今の会社、株式会社Zeelのことを聞かせてください。
尾関:今はですね、アパレルのECショップをやってます。まだ小物が多いのですが、メンズのビジネスマン向けに特化したショッピングサイトです。まだまだこれからなんですけどね。
小池:そこに目をつけたというか、こうやりたいと思った戦略とか思いとかあったの?
尾関:それも大学院に行ってる時に、今の会社の役員をやってもらってる友人が、 「ベンチャーやりたいんです」と言っていて、最初は「じゃあやれば、応援してあげるから」と言ってたんですよ。で、たまたま僕はその頃ネットで洋服買いたかったんですよ。それでこういう風にしてみたらとか、気軽に自分で欲しいと思ったものが買えるショップがあるといいなぁ、なんて話していたのがきっかけで すね。
小池:自分のニーズを商売にしたんだね。
尾関:自分が欲しいモノを作って、スタイリストが付けば便利だなと。
小池:ふうん。
尾関:うちがやってるサービスってのが、スタイリストが選んでくれるというサービスが売りなんですよ。それも、僕が自分で、選んでもらいたいスタイリストに選んでもらえると楽だなぁってのもあったので、そこから来てるんですよ。
小池:で、商売の方はどうですか?
尾関:まだまだですね。
小池:そんなに大きな投資が必要な訳ではないでしょ? 自分でオリジナル商品を作ってるの?
尾関:そうではないんですけど、結構思ったより開拓に時間が掛かってしまうんですよ。アパレルのメーカーさんはブランドをものすごく大事にしてると言うか、そう簡単に売らなかったりとか、まだネットに対してネガティブなイメージを持っているところが多いんですよ。ネットに出すとブランドイメージが下がるとか、そう思ってる人が多いんですよね。有名ブランドも最近になってやっとネットに傾き始めた感じなので、やっと風向きが変わって来た感じはしますね。
小池:じゃあ有名ブランド品は扱わないという感じなのかな?
尾関:そういう訳でもないんですけど、レディースだと小さなブランドが多いんですけど、メンズだと大きなところばかりで……。ちっちゃいところでイケてるところが意外と無いんですよね。
小池:海外に、イタリアとかに買い付けに行ったりしないの?
尾関:もちろんしてますよ。今度、イタリアのセレクトショップのものをそのまま買えるようになりますしね。
小池:じゃあ今はそのビジネスを大きくしていこうという訳なんだ。
尾関:そうですね。
小池:あと、西麻布でBARをやってるじゃない(編註:西麻布 Birth)。あれはどういった経緯で?
尾関:大学の頃の知り合いからの話ですが、たまたま良い条件の物件が出たんで、「リアルな場での遊びってのも面白いんじゃない?」って話になって、やってみようかと(笑)。結構大変だったんですけどね。だんだん現場ものってきたんで……。
小池:業界で人脈があるからお客さんには困らないんじゃないの?
尾関:みなさん忙しいからなかなか来てもらえなくて(笑)。まぁ、でも一般の人が来てくれないとね。
小池:ちょっと敷居が高い感じがするしね。
尾関:宣伝とか一切してなかったですし、しかも入り口がちょっと挑戦的と言うか「入るなこの野郎!」みたいな感じで(笑)。そこを入って来る人が面白いかなぁ……なんて。でも段々と口コミで広がって来てますよ。
小池:あそこは出会いの場としてはすごくいいよね。
尾関:最近、サロンとかやってみたりしてますしね。
小池:あれで何人くらい集まるの?
尾関:100人くらいですかね。ビットバレーと違って、限定人数でやってます。
小池:そういうときは貸し切りにしちゃうの?
尾関:そういう場合には、貸し切りでイベントやってますね。
小池:あと、ファンド運営やってるのは公にしてるの?
尾関:そうですね。太河とちっちゃくやってますけど。
小池:そちらはどうですか?
尾関:まぁ、ぼちぼちって感じですけどね。
小池:今、何件くらい投資してるの?
尾関:今は7件くらいですかねぇ。
小池:どういうところが多いの?
尾関:やっぱりIT系が多いですね。
小池:米国だと、シリアル・アントレプレナーと言って、何回も何回も起業を繰り返す人が多くなってるんだよね。
尾関:そうなんですか。
小池:尾関君も新しモノ好きで飽きっぽいところがあるから、会社を作っては軌道に乗ったら誰かに経営は任せて、次の新しい会社を起業していくというシリアル・アントレプレナーを目指してもいいかもね。これからもマイペースでチャレンジしていって下さい。応援してます。
尾関:ありがとうございます。
(2005年10月. Zeelにて)
尾関君は自らも言っているように「お気楽起業人生」をマイペースで肩肘を張らずに実践しています。好きなことを好きな時にやる。これはいい加減なようでいて、実は起業家が事業を起こすモチベーションとしては最も重要なものです。やらされる仕事はうまく行きません。一度しかない人生ですからやりたい事をやりたい時にやる。これが起業を決意し実行する時の最大の推進力になります。起業は決して「人生を賭けて失敗したら一生終わり」というスタンスで取り組むものではなく、「失敗を恐れずチャレンジする」ことが重要です。
iSi電通アメリカ副社長としてGEおよび電通の各種IT、マルチメディア、インターネット・プロジェクトに従事。1997年にiSi電通ホールディングスCFO兼ネットイヤーグループCEOに就任。シリコンアレー、シリコンバレーを中心にネットビジネスのインキュベーションおよびコンサルティング事業を展開。1998年にネットイヤーグループをMBOし独立。1999年に日本法人ネットイヤーグループおよびネットイヤー・ナレッジキャピタル・パートナーズを設立。現在、ネットエイジグループ代表取締役、ネットエイジキャピタルパートナーズ代表取締役社長などを務める。日米IT・投資業界での20年以上の経験を生かしベンチャーの育成に注力。
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