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2008年1月 12日 17時20分

後悔の経済非効率性

原田和英 アルカーナ 代表取締役 原田和英

人は生きていると何かしらへこむことがある。ショックなことや悲しいことや。
何より、自分の失敗は一番つらい。自分のケアレスミスや何気ない一言が、将来にわたる後悔となる。生きていれば、よく後悔をする。
しかし、後悔は、非常によくない、と世の中では考えられている。「反省はしても後悔はするな」と。けれども、後悔をしないというのはそんなに簡単なことではない。
「あの時、ああしていれば」「あの時、なぜ気づかなかったのだろう」と自分を責めてしまう。知らぬうちに。
では、後悔の非効率性を論理的に考えるとどうなるか?考えてみた。問題は2つある。
1つ目としては、「それ自体が無駄である」ということ。後悔というものは、原則的に「過去に起こった何かに対して、悔いること」である。つまりは、「過去」のものなのだ。そして世の中では物理的に「過去のこと」は取り消せないし、変えることもできない。現状では。
そういう点において「後悔しても仕方がない」というのは事実である。後悔したところで過去はどうしても揺るがぬものなのだ。よかれ悪しかれ。
もう1点は、後悔は他の人に迷惑をかける、ということだ。人は自分では後悔をするくせに、人が後悔をしているとよく思わない。きっとそれは逆説的に「自分も後悔して嫌な気持ちになるからこそ」、他の人がそれをしているのを気分よくは思えない(思わないのではなく思えない)。
あるいは、「後悔でぐじぐじ悩んでいる」というのは、そもそもとして社会にも優しくなく、それゆえに、見ているほうとしても「愉快」ではない。
特に経営者や指導者など、決定権がある人においては特にその「ネガティブ」性が強くなる。つまり、後悔ばかりしている人に誰が付いていきたいと考えるだろうか?
上記の2点よりも、後悔は非常に経済的に非効率である。
しかし、個人的に「後悔はまったくせずに過去の過ちを全て忘れる」というのも、それまた問題があると考える。なぜなら、失敗は「プラス」に転化できてこそ、その失敗が生きる。つまり、過去は取り返せないけれど、過去の出来事がマイナスだと考えるのは自分自身である。そのため、そのマイナスと捕らえる価値観をプラスにできれば「過去のマイナス」は消せるというマジックが成立する。
ゆえに、後悔というものは、忘れるものではなく、プラスに転化してこそ、そこに価値がある。しかし後悔している対象をプラスにするのは簡単なことではない。時間もかかれば、実際に過去のそれに対するアクションをして、それをプラスにしなければいけない。けれども、上記の2点を踏まえると、いつまでもその後悔を持っていてはいけない。
そのため、私のおとしどころとしては、「後悔した」場合には、1日だけ、それをぐっと捉えることにしている。そして、その出来事を、1日でプラスにするようにする。もし1日でそれが出来ない場合は、忘れることにしている。
そうして、なんとか後悔と付き合って生きる日々です。

※このエントリはVENTURE VIEWブロガーにより投稿されたものです。シーネットネットワークスジャパン および VENTURE VIEW編集部の見解・意向を示すものではありません。

原田和英

原田和英

アルカーナ 代表取締役

1999年、カリフォルニア州メリーマウント大学に留学。2001年、慶應義塾大学法学部政治学科入学。2003年、同大学を休学しブランド国家論研究の為に海外80カ国を周遊。2004年、合資会社brand.gs創業。パーソナルブランディングを手がける。2006年、慶応義塾大学付属メディアコミュニケーション研究所修了。アクセンチュア株式会社にて戦略コンサルティング業務に従事。株式会社点灯夫にて新規Web事業立上げ。2007年、アルカーナ株式会社創業。