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書籍はもういらないのか?

代表取締役社長
清水 亮
2008年05月13日 02時53分

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僕の周りにも、公然と「書籍は一切買わずにネットで済ませる」と言う人は多いのですが、ネット見るだけで解決することというのは思ったよりは多いけど、書籍がカバーしているほどの歴史も情報量もないことが多いと思います。コンピュータに関することも、確かにノウハウに近いものはネットに多くありますが、例えば256倍シリーズのような、読み物として面白くまとまっているものを探すのは非常に難しいし、そもそもそんな良質なコンテンツを無料で提供する理由がないので、殆ど見あたりません。

こうして見ると、やはり書籍でないと得られない情報というのは多いのです。

というか、情報そのものはネットでも得られるかも知れませんが、コンテキストは得られないことが多い。

情報は単体では単なる死んだデータです。コンテキストを伴って初めてそれが生きたデータになるのではないかと思います。

Wikipediaの「ライカ」の欄と、田中長徳氏の「ライカを買う理由」はぜんぜん違うわけです。

ライカを買う理由

ライカを買う理由

事実を客観的に情報として探し出すのにネットは向いているかもしれませんが、誰かの主観でじっくりと書かれた情報を探すにはまだまだ向いていないと思います。

ネットに比べて書籍の方が単純に歴史が長いのと、コンテンツにお金が支払われる媒体と、書きたい人が書きたいように裏もとらずに書くネット(このブログとか)では情報の精度や全体のつじつまのあいかたというのがぜんぜん違います。

書籍はお金をとるだけあって、それなりに編集者がなんども査読しますし、つじつまがあうように補足したり、読者が苦労しそうな箇所は予め修正されています。

そういうものとネット上にある新鮮だけれども洗練されていない多くの情報と一緒にすることは難しいと思いますね。

もちろん、ネット上でも広告収入で十分な利益を得られる場合はそれなりに作り込まれたコンテンツが提供されることもありますが、逆にPCの画面で読める文章量というのは決まってると思うんですよね。

PDFのマニュアルは検索できて便利だけれども、読みにくいからそれが100ページあろうと僕は印刷して製本してしまいます。

たとえば僕のブログはかれこれ10年以上続けていますし、内容で言ったら某誌で連載していた内容よりもかなり密度が濃いことを書いている場合もあります。

でも僕の10年分のブログを全て読み返す人というのはまずいないと思うのです。だいたい、僕だって10年前のブログの内容なんかとっておいてありません。

どこか情報の彼方に消えてしまったのでしょう。

ネットは情報がどんどん追加されるだけでなく、どんどん消えていって仕舞う場所でもあるのです。

このあたりのギャップを埋めるのは、書籍からのアプローチか、それともネットからのアプローチか、どちらにせよ知識・情報の共有化というテーマは人類発展の基本ですから、これからも考えていきたいと思います。

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プロフィール

1976年新潟県長岡市生まれ。1998年から1999年まで米MicrosoftでゲームSDKの開発と普及活動に関わる。1999年9月のCESA DEVELOPERS CONFERENCEの立ち上げを経て、11月にドワンゴにて携帯電話コンテンツ事業を立ち上げる。2002年、日本人として初めて米国ゲーム開発者会議(GDC)のモバイルトラックでスピーチを行い、それをきっかけに渡米。米DWANGO North Americaコンテンツ担当副社長を経て、2003年ユビキタスエンターテインメントを設立。2004年情報処理推進機構(IPA)未踏ソフトウェア創造事業において次世代文章アプリケーションプラットフォームの研究開発を行い、2005年天才プログラマー/スーパークリエイターに認定される。 2006年、同研究に基づく独自のコンテンツ管理システム「ZEKE CMS」を考案し、製品化した。著書3冊。

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