ふとした時間の隙間に、すごくひさしぶりに一風堂に行ってみました。
すると、極新味(きわみしんあじ)という新メニューがあったので「これにするか」と思って注文してから値段をみると、なんと1300円。
マニュアルというか説明書のようなものがやってきて、しばらくそれを読む。
しまった。これは一風堂版「匠味」ではないか。
30分以内に次のアポが来るというのに、果たして食べることができるだろうか。
なんてことを考えながら、待つこと数分、ついにやってきました。
うん、美味い。
説明書の冒頭には「変わらないために変わり続ける。それが一風堂です」などと書かれていて、なるほどなと思った訳です。
商売というのは、変わり続ける姿勢、時代に適応して行く姿勢が大切なのだと。それでも一風堂のような飲食店は、同じメニュー、同じビジネスモデルで10年以上成立するわけですから、商売としては比較的「変わらなくても平気」な類いです。ハイテクの場合、半年たったらなにもかも変わっていますから、変わり続けるのは当然の前提です。
僕は本当に美味しいものは安いという持論をもっていて、その最たるものがラーメンです。
ラーメンはどれだけ高級でも2000円にいかない。
博多で食べたラーメンは東京のどのラーメン店より美味い(たぶん水が違う)けれども、東京よりも安い。
新大阪の駅の近くに、たこ焼き十八番というお店があって、ひとつ30円。これを初めて食べた時にはあまりの美味さに感動して、会社の連中にも食べさせてやろうと70個くらい買って新幹線に乗ってもってかえったら、もう別物になっていて、東京に着く頃には普通のたこ焼きになってしまっていました。
まるで魔法がとけたシンデレラみたいで、「あれは大阪でないと食べれない味なのか」とがっくりしました。
あっというまに食べてしまって、幸いというかなんというか、アポには余裕で間に合いました。
レンズに関しては一通り揃えたのでしばらく沼にははまらずに済みそうですが、最近はアキバに出かけては、毎日のようにライカのコーナーでトランペットをほしがる黒人少年の如くライカを眺めていました。
ライカとか、新品で買おうとすると、とても正気では買えないくらいの価格設定ですからね。
そういうのをしばらく眺めていて、「欲しいけど、この真新しいライカをもって町を歩くというのはどうなんだろう」という話になりました。
そりゃ新品というのはいいものです。
しかしライカはもともとクラシックカメラ。
クラシックカメラを新品で買う、というのはとてつもない贅沢です。
僕らのようなジャクハイ者が、新品のライカを買うというのはいかにも成金主義的で心に響きません。サマにならない。
それよりは、少しファインダー内にカビが生えていて、けれども一応シャッターも下りるしシャッタースピードもそれほど狂ってない古いライカをビッと下げてライカに入門するほうがなんていうか、形から入る若者の典型例だけれども、グっと来る、と思った訳です。
そこで新宿の中古カメラ店に行って「中古ライカ」の実物を見てみたのですが、実にいいわけですよ。その年季の入り方が。
それに、どのライカも1950年代から80年代のものでありながらとても奇麗なんです。
家で埃をかぶっていたというよりも、丁寧に大切に使われてきた感がありありと感じられる。
これは生半可な覚悟では買えないぞ、と思いました。
1950年製のライカM2が16万円くらい。これだけ丁寧に使われてきたものを壊してしまったり傷つけてしまったりしてはいけない。それまでいろいろなオーナーの手にあったであろうそのライカを、大切に扱っていつかまた他のユーザーの手に渡るその日まで預からなければ成らない。
なんて考えてしまいます。
これは中古車にはない現象です。
どちらかというとペットに近い。
生き物の生涯を面倒みるという覚悟、ライカというカメラの歴史に関わって行くという覚悟が要求されます。
犬とライカの違いは、ライカのほうが人間よりも寿命がずっと長いこと。
だからライカはバトンであって、自分が使ったら次のひとがいることを考え、きちんとやっていかないといけない。
そういえば僕の母方の爺さんの形見はキヤノンのレンジファインダーカメラで、50mmF1.8のレンズがついたやつでした。
僕はこれで縁日の写真を撮るのですが、びっくりするくらい良く撮れていて、それ以来カメラの魅力にはまるのです。
そのカメラは高校にあがるまえに壊れてしまって、なんどか修理にだしたけれど、そのうち親父のお下がりでNikon F801を使うようになっていつのまにか忘れてしまったのですが、自分が死んでも親から子、子から孫へと受け継がれて行くのがカメラという生き物で、これは現代のデジカメやPC、もちろんケータイが道具として根本的に到達していない領域だな、と思うのです。
仮に僕が死んだとき、MacBook Airを形見として50年使い続ける人はいないだろうし、そもそも10年もたたないうちにOSXが不要になっている可能性も十分あります。
デジカメもくせ者で、画素数というのが飛躍的に上がり続けるため、10年もしたら深度情報をCCDで取得する立体カメラのような者が主流になっているかもしれません。
35ミリフィルムに化学変化を起こさせるという方法はそれにくらべるとかなり実際的で、ひとつの様式として成立してしまっている。
CG全盛の時代であっても油絵がなくならないように、デジタル全盛の時代であってもライカはなくならない。
そもそも35ミリフィルムというのはライカの発明であって、乱暴にいってしまうと、これを基準にうまれた無数の偽ライカが進化したかたちが今のカメラであって、昨今のデジタル一眼レフなどは、35ミリフィルムサイズのCCDを搭載することがウリにまでなっているわけです。実際、僕もそれだけが理由がD300を買った直後にEOS 5Dを買ってしまったわけで。
道具としてのコンピュータを考える時に、変わらないものであるのか、変わり続けるべきものであるのか、考える必要があるのかもしれません。
1976年新潟県長岡市生まれ。1998年から1999年まで米MicrosoftでゲームSDKの開発と普及活動に関わる。1999年9月のCESA DEVELOPERS CONFERENCEの立ち上げを経て、11月にドワンゴにて携帯電話コンテンツ事業を立ち上げる。2002年、日本人として初めて米国ゲーム開発者会議(GDC)のモバイルトラックでスピーチを行い、それをきっかけに渡米。米DWANGO North Americaコンテンツ担当副社長を経て、2003年ユビキタスエンターテインメントを設立。2004年情報処理推進機構(IPA)未踏ソフトウェア創造事業において次世代文章アプリケーションプラットフォームの研究開発を行い、2005年天才プログラマー/スーパークリエイターに認定される。 2006年、同研究に基づく独自のコンテンツ管理システム「ZEKE CMS」を考案し、製品化した。著書3冊。
2008年07月04日 11時14分
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