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2008年5月 9日 09時23分

人間の脳は凄い力を秘めていると思う

清水亮 ユビキタスエンターテインメント 代表取締役社長 清水亮

先月脳出血で倒れた親父も、一ヶ月近く経過してだいぶ落ち着いてきた。

始めは目も空かなかったし、口をあけることすらできなかったが、少しずつ言葉が戻ってきて、連休の終わりには、僕が行った簡単なテストでもなかなかの成績をあげることができた。

始めはあまりのショックに呆然とした僕だったけれども、親父を看病したり、脳や失語症についての文献を読みあさったりして、脳の持つ可能性にとても驚いた。


親父が煩ったのは左脳で、左脳が出血すると人間の脳と身体は反転してつながっているから右半身が麻痺する。

左脳は言語野という、言葉を司る部分があって、これが損傷をうけたり、出血で圧迫されたりすると血流が悪くなり、本来の性能を発揮できなくなる。

そして出血は脳細胞を破壊しながら進行し、血腫となって他の部分を圧迫する。

血腫は時間とともに吸収されひいてくるので自然治癒する部分も多いが、自然に完治はしない。

重要なのはリハビリである。


この場合、言語理解は喪われていないので、話を聞くことはできる。運動器官がうまく動かないので発語障害があることになる。

親父の場合は、首を縦に振ったり横に振ったりすることはすぐにできるようになった。コミュニケーションがとれるというのがまだ救いだと思う。


血腫は1ヶ月から3ヶ月で吸収されるので、その間は放っておいても少しずつ機能が戻ってくるらしい。

けれども、運動のリハビリはすぐにでもした方がいいようだ。


それでも、だんだんと言葉を思い出して行き、面白いことに、漢字はかなり読める。

ところが仮名が読めない。

これは、表意文字のほうが表音文字よりも記憶にとどまりやすいせいなのか、なぜなのか、解らない。

親父が漢字を使う国の人間で良かった。


平仮名は、絶望的に読めない。片仮名は、「コーヒー」などの単語としては読める。一文字ずつ読ませるのは難しいようだ。

囲碁や野球のルールは覚えているようだが、難しい計算はできないようだ。

それでも、婆さんの49日について話をしていると、親父が割って入ってきて、

 「お布施は1万円。あとはぜんぶ頼んである」

と言った。そういう細かいことは覚えているらしいが、自分の生年月日が言えない。

脳はダメージを受ける場所によってできなくなることが違う。


脳が本当に凄いのは、このあとだ。

実は、運動はともかくとして、言語は、やればやるほど回復するらしい。

実際、脳卒中による失語症の本をいくつか読むと、親父の3倍くらいのダメージを受けた人が、やはり最初は口をあけることすらできなくなり、やがて単語を覚え、リハビリを繰り返し、3年かけて作文を書いたり、普通に会話したりといったことができるようになっていた。

脳は一部がダメージを受けて喪失しても、他の部分がその働きを代替できるのである。記憶素子が情報処理素子を兼ねているのだ。

この構造はまさにHA構成のサーバーシステムに似ている。

記憶素子と処理素子が一体化した同構成のサーバマシンを並列に配置し、実行する。

どれかひとつが故障しても、他のサーバがその処理を代替する。パフォーマンスは落ちるが、システムの維持という命題は守ることができる。

脳の場合、さらに壊れた部分の復元を試みる。ちょうどRAID5のように、分散して記憶されているのだろう。

実際のところ、記憶の実体は脳細胞そのものではなく、脳細胞同士を接続する軸索(シナプス)にあるらしい。

軸索が記憶を持っているから、脳細胞が損傷をうけても、記憶そのものが完全に喪われることは少ないのかもしれない。

そして全ての記憶や処理に関する働きが等価的であるため、他の部位がそれを代替することも可能なのかもしれない。


CPUの高速化の潮流には、PS3のCELLのような異種CPUをワンパッケージ化するヘテロジニアス・マルチコアと、Xbox360のPowerPCのように、同じプロセッサを複数パッケージするホモジニアス・マルチコアのふたつの潮流がある。


僕がなんとなく、ホモジニアス・マルチコアの方が気が楽で応用性が高そうに感じるのは、脳の構造に似た安心感があるからかもしれない。無意識のうちに。

PS1とセガサターンが勝負したとき、サターンは32ビットCPUを二つ搭載したホモジニアス・マルチCPUで、PS1はR3000(およびGTE)と、GPUという異種のCPUをひとつずつ搭載したヘテロジニアス・マルチプロセッサのアーキテクチャを採用し、PSは勝利を治めた。

その経験から、マルチコアCPUになってもヘテロジニアス的な発想から抜けられなかったのかもしれない。

実際、ヘテロジニアスなCPU、たとえばCELLであっても、SPE単体をみれはホモジニアス的な構造を作り出すことができるため、実際にはCELLの方が有利な計算というのも有り得る。

ただ、結局全体のボトルネックはひとつのPPEに集約され、このパフォーマンスに全体が引きずられてしまうのはいかんともしがたい。

これに比べると360のマルチコアは等価であるため、使い回しが効くように感じる。

人間の脳が右脳と左脳のふたつに別れているのは神の奇跡といってもいいほど凄いことだ。

左脳は、というよりも動物の左半身は、単にバランスをとるだけでなく、重要なバックアップでもあるのだ。これもまた、人間の生存可能性を高めるために必要な仕組みだったのだろう。

親父は右手が全く使えなくなってしまったが、左手だけでご飯が食べれるようになったし、リモコンを操作してテレビを見たり、ベッドを上げ下げしたりはできる。

親父ほどの重傷に至らなくても、たとえば右手をけがした時は左手で生活できるし、右足をけがしても左足と棒などを巧く使って歩くことはできる。

爺さんの場合は、右が脳梗塞になって入院している間に左が脳出血してしまって、それからは完全に喋ることも唸ることもできなくなってしまった。けれどもそういうことである。

肺も、僕は三度も入院しているけど、二つあるから、ひとつが潰れてしまっても即死せずに生きて行ける。

食道や胃は切り取ってしまってもある程度は再生する。

動物は再生可能なものはひとつ、再生不可能か限りなく難しいものは二つ持つという基本的な構造を持っている。デュアル環境なわけだ。

いざという時は反対側がその機能を補う。補完する。それにより生存可能期間を伸ばすことができる。

返す返すも人体とは凄い者だ。

とはいえ、親父は頭脳労働者で、学歴もコネもないなかで頭の良さだけが自慢だったから、本人としては今の状況はいたくプライドを傷つけられているだろう。


良く言われるように、人間の左脳が理性だとすれば、右脳は感性のようだ。

親父は燃えるような生への執着と意志によってリハビリに励むようになった。

直腸癌にもなったし、気胸でなんども入院していた。その度に親父は復活を遂げた。

魂が死んでいなければ、人は何度でも蘇る。


人の意志の力というのは、その秘めたる潜在的な能力というのは、並々成らぬものがある。

最初はかなり沈んでいた僕だったけれども、親父の燃えるような瞳を見て、活力を貰った。

僕も元気なうちにもっともっと頑張らなければ。

一生は長いけれども、元気に動ける時間は短いのだから。

※このエントリはVENTURE VIEWブロガーにより投稿されたものです。シーネットネットワークスジャパン および VENTURE VIEW編集部の見解・意向を示すものではありません。

清水亮

清水亮

ユビキタスエンターテインメント 代表取締役社長

1976年新潟県長岡市生まれ。1998年から1999年まで米MicrosoftでゲームSDKの開発と普及活動に関わる。1999年9月のCESA DEVELOPERS CONFERENCEの立ち上げを経て、11月にドワンゴにて携帯電話コンテンツ事業を立ち上げる。2002年、日本人として初めて米国ゲーム開発者会議(GDC)のモバイルトラックでスピーチを行い、それをきっかけに渡米。米DWANGO North Americaコンテンツ担当副社長を経て、2003年ユビキタスエンターテインメントを設立。2004年情報処理推進機構(IPA)未踏ソフトウェア創造事業において次世代文章アプリケーションプラットフォームの研究開発を行い、2005年天才プログラマー/スーパークリエイターに認定される。 2006年、同研究に基づく独自のコンテンツ管理システム「ZEKE CMS」を考案し、製品化した。著書3冊。